第28話 彼女だもん

「黒木君、あとで職員室に来なさい」


 喧嘩は一瞬で終わったが、喧嘩の余波はまだ残っていて。


 牛島が殴られて気絶して倒れていたところを通りかかった先生に見られてしまった。


 で、呼び出し。


「はあ……やっちゃった」

「ユウ、ごめんうちがいらんこと言うたからや……」 


 京香は俺に対して平謝り。

 でもまあ、やったのは俺だから。


「京香のせいじゃないよ。怒られてくる」

「う、うちも行く。一緒に怒られる」

「いいって。京香は何もしてないんだし」

「……せやけど」


 ここで京香までついてくると、それはそれで話がややこしくなる。

 だから必死に京香をなだめてから一人で職員室へ。


 すると、さっき現場を目撃した先生と担任が二人、俺を待ち構えていた。


「黒木君、校内で喧嘩とは何事だ」


 云々。

 どうあれ、殴ったのは俺だから言われるままにお叱りを受けて。


 ただ、普段の態度なんかを考慮してくれてどうにか謹慎や停学は免れた。


 放課後に掃除するだけでゆるしてくれることになった。


「はあ……」


 ため息交じりに教室へ戻ると、心配そうに席で待っている京香と目が合う。


「ユウ、大丈夫やった?」

「ああ、罰として掃除だって。まあ、喧嘩を仕掛けたのが俺じゃなかったってのが幸いだったかな」

「ほ、ほんなら一緒にうちもやる。罰は一緒に受ける」

「いや、それは」

「いいやん、先に帰るんも退屈なんやし。二人でやった方がはよ終わるやろ?」

「京香……うん、じゃあそうしよっか」


 ということでこの一件は終わり。


 ただ、牛島という人間を一発で殴り倒した噂は瞬く間に学校中に広まってしまい。


 二人でペナルティの掃除を終えて帰る時。

 いろんな人間からじろじろと見られる結果になってしまった。


「あーあ、なんか俺の方がヤンキーみたいになっちゃったじゃん」


 帰り道でぼやく。

 すると京香は、「ええやん、ユウが強いことみんながわかったんやし」とお気楽に言う。


「いや、出来れば争い火種になりそうなことは避けたかったんだけど」

「でも、これでしばらくうちらに絡んでくるやつおらんのちゃう?」

「まあ、そうだな。でも次からは煽るようなこと言うなよ」

「わかってるっちゅうねん。でもユウ、ほんまなんでそない強いんや?」


 京香の疑問はごもっとも。

 俺は運動部に所属もしてないし、京香みたいなヤンキー街道まっしぐらな人間でもなかった。


 ただ、強くなった理由を挙げろと言われればそれはやっぱり京香のせいだろう。


 京香の隣にいたいから。

 脆弱なままではいられないと、毎日鍛えてきたからこその今である。


「さあ。喧嘩の才能でもあったんじゃないの?」

 

 でも、そんなことは言わない。

 別に言う必要もない。

 今、こうして京香の隣にいられるわけだし。


「なんやかっこつけた言い方やな」

「はは、好きな子の前ではかっこつけたくもなるって」

「あほ……」


 ぽんぽんと京香の頭を撫でると、京香の背中が少し丸くなる。


 で、すぐそこにアパートが見えてるんだけど京香の手を握って。


 二人で手を繋いで一緒に部屋に戻った。



 うちがつい調子に乗ったことを言ったせいでユウに迷惑かけてしもた。


 でも、うちの彼氏は誰よりも強くてかっこええんやって自慢したかってん。

 実際ユウは強いし優しいしかっこええねんけど、今日ばっかしはほんま悪いことしてしもた。


「京香、晩飯どうする?」


 でも、ユウはうちを責めることなんかせえへん。

 そういうさりげなさもやっぱかっこええ。


 せやから今日くらいは、うちがユウの為になんかしてやりたい。


「あんな、この後スーパー行かへん?」

「ん、いいけど買い出しか?」

「せや。うちが今日は手料理っちゅうもんをふるまっちゃる」

「京香が?」


 最近、弁当もどきを何回か持っていったことはあるとはいえ、ろくにユウに飯を作ってあげたこともないうちがそないことを言いだしたからユウは当然目を丸くしていた。


 せやけど、やらなあかん。

 今日はユウに迷惑かけたお詫びとして。


 それに。


「か、彼女、やもん……」


 言いながら恥ずかしゅうて死にそうやった。

 でも、ユウは笑って喜んでくれる。


「あはは、嬉しいよ。じゃあ、今日は任せようかな」

「う、うん。で、でも買い出しは一緒にするんやで?」

「わかってるよ。夜道、一人だと怖いもんな」

「ちゃ、ちゃうわ! 荷物くらい持ちいって話や」

「はいはい、わかってるって」


 ちゅうわけで今日はユウの為にうちが料理をすることになった。


 死ぬほど緊張する。


 まだ、何作るかも決めてへんけど。


 ……うち、何が作れるんや?

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