第27話 群がる虫は

「橘さん、おはよー」

「橘さん何読んでるのー?」

「ねえねえ橘さん」


 篠宮さんとの和解があったからか、それとも京香の雰囲気が変わったせいか。


 今日は朝から京香の周りに女子たちが群がる。


 そして、話題は決まって一つ。


「橘さん、黒木君と付き合ってるの?」


 学校のアイドルに意中の相手がいる。

 それを聞きたくて皆、群がっているようだが。

 一体どこからそんな噂が回るのか。

 不思議なもんだなあと当事者ながらにその様子を冷静に見つめていると、京香は耳を真っ赤にして下を向きながらぼそぼそと。


「……ユウと、ちゃんと付き合ったもん。す、好きやって、い、言われたんや。か、かわええなって」


 そんな反応をしたせいで、周りも皆「きゃー」っと黄色い声をあげる。


 俺も、恥ずかしくなってきて席を外そうと立ち上がる。


 が、もちろん逃してはくれない。


「ねえ黒木君、橘さんとは幼馴染なんだよね?」

「いいなあ、普段はどこにデートいくの?」

「ねえ黒木君」


 京香に群がっていた女子たちが今度は俺の方へ。


「え、ええと……いや、デートっていうか、付き合ったばっかだから」

「えー、ほやほやなんだーいいなー」

「ねえねえ、今度二人でどこ行ったか聞かせてよー」

「う、うん」


 こんな風に女子に囲まれる経験は初めてなので流石にたじたじだった。


 で、ようやくトイレに行くフリをして廊下に逃げると、後ろから京香が追いかけてきた。


 けど、なんかちょっと怒ってる?


「むー」

「なんだよ、囲み取材で疲れたのはお互い様だろ」

「そうやない。ユウ、デレデレしとった」

「は?」

「女に囲まれてニヤついてたやん。スケベ、ドアホ、うちというもんがおるのに」


 怒ってる、というより拗ねてる。

 まあ、言いがかりもいいところだけど。


「あのな、京香とのことを聞かれて嬉しかったんだよ。わかれよ」

「う、嬉しかったん? ほんま?」

「あ、あたりまえだろ。その、好きな人と、付き合えたわけなんだから」


 言わすなよ。

 こっちも恥ずかしいだろ。


「……うん。ほな、許す」

「許すって……俺が浮気なんかするわけないだろ」

「わからへんやん。釣った魚を天日干しにするんが男やって、おかんも言うてたし」

「だとしても例外はいるってことだよ。俺はそんなことしない」

「ふーん」


 京香はまた、拗ねた様子で口をとがらせる。


 なので俺はもう一言添える。


「京香以外見えないよ、ずっと」


 随分かっこつけた言い方になったけど。


 嘘じゃないし、実際浮気するなんて思われてたんじゃたまらない。

 だから言った。


 すると、


「そ、そないはずいことサラッと言うなや……ぼけ」


 照れた。

 京香の目が泳いで、顔は破裂しそうな勢いで紅潮していく。

 それを見て俺も、照れくさくなってしまった。


「……ったく。もう、お互いを疑ったりするのなしだからな」

「う、うん。教室、戻ろか」

「ああ」


 ひと段落ついて教室に戻ると、皆が俺たちの方をじろじろと見ていた。

 何か言いたそうで、でも言えない様子。

 付き合いたてのカップルだからそっとしてくれてるのだとすれば随分空気の読めるクラスメイトだなと。


 思っていたがそうでもない人間もいるということを、この後知ることになる。



「おい、橘京香いる?」


 皆が昼飯の弁当を机に広げたり食堂向いて足を運ぼうとしている昼休み。


 野太い声が入口から聞こえた。


「はい?」


 京香が思わず返事をする。

 声の主は大柄な男。

 ただ、見た覚えはなく京香も小声で「誰?」と。


 それでも男はずかずかと教室に入ってきて京香のところにくる。


「おい、男がいるって本当なのかよお前?」


 まるで元カレのような口ぶりに教室は騒然とする。


 でも、やっぱり京香は誰だかわかってない様子。


「いや、誰やお前」

「お、俺は二組の牛島だ。お前に入学早々告ったろ」

「いや、覚えてへんし誰かわからん」

「……お前、あの時男いないって言ってたじゃないか。それに、喧嘩が強い男が好みだって」

「知らん。ていうかあん時は男おらんかったけど今はおるんや。それがお前になんの関係があるん?」


 京香がだんだんといらだっているのがわかる。

 まずいから止めようとタイミングを見計らうが、今俺が飛び出すと余計にややこしいことになるかもと思って、なかなか割って入るタイミングが見当たらない。


「お前の彼氏、喧嘩強いのかよ?」

「せやからなんの関係があんねんお前に」

「お、俺は入学してからずっとお前を狙ってたんだぞ。チャンスくらいくれって言ってんだよ」

「チャンス? なんの話や」

「お前の彼氏に勝ったら、俺と付き合う話、考えなおしてくれって言ってんだ」


 どうやらこの男も京香のファンのようだ。

 で、まだ俺の存在自体はわかってない様子。


 それに彼氏に喧嘩で勝ったからどうなるんだっていうのがわからない様子を見るに、ただの脳筋バカなんだろう。


 そのままほっとけばいいと、席についたところで京香はにやりと笑って俺を見た。


「うちの選んだ男がお前みたいなガタイだけの男に負けるわけあらへんやろ。ユウ、なんやムカつくからけちょんけちょんにやっちゃれや」


 と、全く余計なことを言ってくれた。


 当然、男は俺をにらみつける。


「お前が橘の彼氏? はっ、なんだ貧弱そうなやつだなお前」


 で、鼻で笑われたので俺も俺でイラっときた。


 昔の血が、なんていうほどワルでもないけど。

 人に見下されるのは嫌いだ。

 特に、京香とのことで他人にとやかく言われる筋合いはない。


「……表出ろよ」


 そう声をかけると、挑発にうまく乗ってくれたなと男はにやり。


 で、二人で廊下に出る。


 当然、野次馬たちが駆けつけてちょっとした騒ぎになっていく。


「おいおい、牛島って柔道部の奴だろ? あれ、誰と喧嘩してんの?」

「知らないの? あの橘さんの彼氏だってー」

「えー、マジで? なんかめっちゃおもろいじゃん」


 まあ、他人事だからみんな降ってわいたイベントに大盛り上がり。


 で、けしかけた京香はというと。


「ユウ、一発でやったりいや」


 ノリノリだった。


「……ったく。なんでこうなるんだよ」


 これじゃ昔に逆戻りだ。


 中学の頃は京香と付き合ってもなかったけど、それでもずっと一緒にいたせいで妬まれたり絡まれたりもした。


 雑魚は京香の傍にいる資格なんてない、と。


 言ってくる喧嘩自慢がごまんと。


「おい、何ぶつぶつ言ってんだ? 来いよ」


 目の前のこいつもそう。


「弱い犬ほどよく吠える、か」

「ん? 今なんて……ぶっ!」


 顔面を思いっきり殴り飛ばしてやった。


 京香に手を出そうなんて輩、はっきり言ってうざい。


 俺は。


「そんなに心、広くないんだよ」


 吹っ飛んで廊下に倒れる巨漢に対して、そう吐き捨てて、そのまま教室に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る