第26話 昨日の敵は

「……」

「……」


 今、うちはユウと二人で一緒にユウのベッドに寝そべっとる。


 なんでこうなったかについてはいうまでもなく、うちが一緒に寝たいってそう言ったせい。


 ただ、ユウは少し間を開けてから「いいよ」と優しくうちを受け入れてくれた。


 で、こうなった。


 一緒に並んで布団に入る間も今も、ユウはずっと天井を見つめて動かない。


 うちも、ずっと天井を見つめたまま動けへん。


「……京香、寝た?」

「えと……起きとる」

「そ、そっか」

「……なあ」


 気まずい空気をなんとか振り払おうとしてくれるユウやけど、うちが招いた状況なんやからうちもなんとかせないかんって。


 思いながらまた、暴走する。


「手、つないでかまへん?」


 こんな状況でよく言えたもんやと我ながら呆れるけど、ユウはそのあとそっとうちの手を握ってくれた。

 手が震えとる。


 汗も……いや、うちの手も汗びっしょや。


「……ユウ、手が湿っとる」

「ご、ごめん」

「んーん。やけどあったかいから好きや。ユウの手、好きやで」

「京香……うん、俺も京香の小さい手が、大好きだよ」

「幸せやな。ずっとこうしたいって思ててん。せやから今、こうしてるだけでうち、幸せや」

「俺も。このまま、寝よっか。で、一緒に起きて一緒にご飯食べて、一緒に風呂入りに行って。俺、それだけで十分幸せだよ」

「うちもや。なんか、気が抜けたんかねむなってきたで」

「うん。おやすみ京香」

「ん、おやす、み……」


 せっかくの甘いひと時をもっと楽しみたいから。

 少しだけ眠気に抗ってみたいって思たけど。


 ユウと気持ちが繋がれた安心感はうちの今までの緊張をどっとほぐしていって。


 そんまま、眠りについた。



「……寝た、か」


 隣ですやすやと眠る京香を見ながら、俺は目を細める。


 なんて可愛い寝顔なんだろう。

 小さい頃は一緒に寝たりしたこともあるけど、高校生になって添い寝なんて、死ぬかと思った。


 それに、今は付き合ったわけだし。

 これから先、京香ともっと恋人らしいことをしていくのだろうかと思うと、寝顔を見るだけで燃えそうになる。


 でも、今はこうやって一緒にいたいと思ってくれるだけで充分。


 慌てる理由なんてどこにもない。

 随分と遠回りした俺たちだから、今更焦る必要なんて、ないよな。


「おやすみ、京香」


 もう一度ぎゅっと手を握って。


「今日の寿司、キャンセルだな」


 お祝いしてあげたいから見栄はってちょっといい店を予約したけど。


 今日はこのまま、こうしてたい。


 たまのわがままくらい、いいよな。


「……ええ、すみません。あの、来週に予約変更できますか? はい、ほんとごめんなさい」


 お店に謝って、予約を変更してから。


 目を閉じる。


 京香のぬくもりが掌から伝わってきて、心臓がずっととくんとくんと脈打っているけど。

 それが今は心地よい。


 体がだんだんぽかぽかしてきて。


 俺もゆっくりと眠りについた。



「……ん?」

「あ、おはよユウ。なんやぐっすりやったな」

「あ、ああ」


 目が覚めたら薄暗い朝だった。


 あれから半日寝てたんだ。

 まあ、ずっと気が張ってたから疲れてたんだろう。


 一度自分の部屋に帰ったのか、起きたら制服姿に着替えた京香が部屋にいた。


「ごめん。飯、キャンセルしちゃった」

「ええって。ゆっくり寝てたし起こさん方がええかな思てうちも二度寝したし」

「そっか。来週こそ、一緒にいこうな」

「うん。でも、ユウと一緒ならなんでもかまへん」


 とん、っとおでこを俺の方に当ててから。

 京香はスッと離れて笑顔を向ける。


「早よ学校いこや。うち、なんか気分が晴れ晴れしとんや」

「はは、俺もだよ。でも、だからってハメ外すなよ。一応学校では大人しいキャラで通ってるんだから」

「……どやろな、それも」

「ん? なんかあったのか?」

「……」


 京香が何か言いにくそうに下を向く。

 で、改めて顔を覗き込むと少し言いにくそうに呟いた。


「あんな、篠宮さんにちょっかい出されてうち、つい昔みたいにキレてもーてん」

「ああ、そういうことか。だから彼女が京香の本性をみんなに喋ってないか心配だってこと?」

「まあ。せっかくヤンキーやのうて本が似合う美人さんなんて言われるようになったんに、全部パーやなって。ま、うちは別にええねんけど」


 気にしてるところはそこじゃないという感じ。

 多分俺に怒られるとでも思ってるんだろう。


「別にいいんじゃない? 俺は京香にはその方がいいかもって思ってアドバイスしたけど、喧嘩も我慢できたみたいだし、だったらいっそああいう連中はビビらせといた方がいいかもな」

「……せやけど、またうちのせいでユウまで絡まれたりせえへんかなって」

「その時はその時だって。俺もぶりっ子嫌いだから気に入らないことは何回でも言ってやるつもりだし」

「……そっか。うん、ならいい。はよ学校行こや」


 ようやく、ちょっとだけ笑顔が戻った京香は俺をベッドから引っ張り出す。


 着替えてから二人で少しゆっくりして、一緒に部屋を出て学校へ。


 すると、裏門のところに人影が見えた。


「……あ、橘さん」

「し、篠宮さん?」


 怒っているような、ビビってるような、微妙な表情の篠宮さんが一人、そこで待ち構えていた。


 で、京香はすぐに身構えたが。


 なぜか篠宮さんは俺たちに対して、


「すみませんでした!」


 と、頭を下げた。


「へ?」

「あ、あんな風に指摘されたのって初めてで。私、橘さんみたいな女性、憧れます! あの、よかったら弟子にしてくれませんか?」

「え、え? あの、弟子って?」

「橘さんみたいな強い女性が、やっぱりモテるんだなって。あの、こんな私だけどよかったらパシリでもなんでも使ってください!」


 もう、土下座しそうな勢いで頭を下げる篠宮さんに京香は戸惑う。


 で、俺は京香にいう。


「よかったじゃん京香、なんでも言うこと聞いてくれるってよ」

「そ、そないつもりでキレたわけちゃうもん……ええと、あ、頭上げてえな」

「……許してくれるんですか?」

「ゆ、許すもなんも、はっきりせんかったうちも悪いし。ええと、ええと……」


 まだどうしたらいいかわからない様子の京香に、ようやく少し頭を上げた篠宮さんが、俺の方を見た後で聞く。


「あの、二人は付き合ったの?」


 その質問に、俺はそのまま返事しようとしたが。

 京香が遮るように俺の前にきて。


 後ろにそっと手を差し出して俺の手を握ってから、言う。


「えへへ、見ての通りや。うち、幸せなんや今」

「……そっか。うん、やっぱり二人はお似合いだなあ。あの、散々邪魔してごめんなさい。私、もう二人の邪魔はしませんので」


 今度はペコっと頭を下げて。


 立ち去ろうとする篠宮さんを、京香が呼び止める。


「あの、篠宮さん」

「は、はい?」

「あの……ええと、弟子はマジでいらんのやけど……あれやったらうちら、普通に友達ならへん?」

「え?」

「い、いやなんでも言うこと聞くっちゅうからそんなら思ただけで……ええと、い、いややったら全然かまへんねん、せやけどうち、女友達おらんし、その、ユウと付き合ったことを気にせえへんねやったら、どうかなって……」


 京香も気まずそうに言うと、目を丸くしていた篠宮さんが、そのあとクスクスと笑う。


「ぷっ……なんか、橘さんっておもしろいね」

「な、なんもおもろいこと言うてへんで?」

「んーん、面白い。うん、全然いいよ。私、多分みんなに好かれてる貴方をみて嫉妬してた。だからせめて、あなたの大事なものくらい奪ってやるんだって躍起になってただけだと思う。ほんとごめん、こんな私でよければ友達なろうよ」

「う、うん! ほな友達や! りこぴんって呼んでええか?」

「そ、それはちょっと」

「えーかわいいやんかー」


 昨日の敵は今日の友。

 なんか、こういうのも京香らしいなって。


 笑いあう二人を見ながら、ほのぼのさせられた朝だった。

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