第25話 これまでとこれから


「……ええと、京香から、投げる?」

「う、うん」


 俺はついさっき、人生で最高の幸せを得た。


 京香が俺のことを好きだって。

 そう言ってくれた。


 付き合った。

 大好きな幼馴染が彼女になった。

 もう、思い残すことなんて何もないくらい、幸せ……なはず、なのに。


「……」

「……」


 気まずい。

 今までずっと、幼馴染としての距離感を保っていたのに急に彼氏彼女になったと言われても、正直どうしたらいいのかわからない。


 ボウリングどころじゃないから帰ろうとも思ったけど。

 せっかくお金払ってるから一ゲームだけやって帰ろうって言ったのが間違いだったかもしれない。


 楽しむ余裕がない。

 楽しみ方がわからない。


「う、うち先いくでー」

「あ、ああ」


 京香も京香で、同じ様子。

 あからさまに目を逸らすし、さっきまでの甘い雰囲気なんてどこに行ったんだってくらいぎくしゃくしている。


「あ、あれ? あかん、ガーターや」

「お、惜しかったな。つ、次があるって」

「う、うん」

「……」

「……」


 気まずい空気は段々重苦しい雰囲気へと変わってくる。

 周りからしたら、喧嘩してるカップルにでも見えるだろうか。


 ただ、さっき付き合ったばかりの出来立てほやほやのカップルなのだ。

 だというのになんだこの新鮮味のなさは。


「……あー、七本かあ」

「お、俺の番だな。よし、やるか」


 ただ、この空気のまま夜を迎えたくない。

 せっかくのお祝いだし、楽しいものにしたい。

 だからどうにかしないとって。

 頭の中がそんな考えでいっぱいのまま、ボールを投げた。


「……あっ」

「わっ、ストライクやっ!」


 狙ったわけでもなく、偶然真ん中に転がったボールは勢いよくピンを全部弾き飛ばした。


 で、振り向くと興奮して立ち上がった京香が両手を挙げていて。


 目が合って、固まった。


「あ……いや、ごめん別にそんなつもりやなくて」


 慌てて手を引っ込めて後ろに組んでもじもじする京香は、いつになく女の子らしくて。


 そんな姿が滑稽だった。


「ぷっ」

「な、なんで笑うんよ!」

「いや、だって京香が可愛くてさ」

「か、かわいい? そ、そない可愛いことなんかしてへんのに」

「いや、かわいいよ。うん、やっぱり京香は京香だな。大好きだ」

「……さらっというな、ボケ」


 照れる京香は、今までのまま。

 でも、やっぱり今までより輝いて見えた。


 こんな子が自分のことを好きなんだって。

 思えば思うほど、京香が今まで以上に可愛く見える。


「いや、もう我慢する必要ないし。好きなもんは好きだから」

「う、うちかて……は、恥ずかしいだけや」

「無理しなくていいって。それよりさ、せっかくだから楽しもうよ」

「……せやな。別になんもかわらんもんな。うん、ほな今度こそうちストライクとったるで」


 ようやく、ちょっとだけ空気が変わった。

 無理はよくないし、無理したいわけでもさせたいわけでもない。


 だからいつも通り。

 こうして京香といるだけで楽しいし。

 京香もそう思ってくれてるならもっと楽しい。


 不器用だから全然ボールがまっすぐ行かない京香も、それで拗ねてしまう京香も、俺のスコアにいちいちはしゃぐ京香も。


 やっぱり全部好きだった。



「案外すぐ終わったけど、一旦帰るか?」

「……うん」


 ユウは最初こそ気まずそうやったけどすっかり元通り。

 こういうメンタル強いとこ、ほんまユウらしいけど。


 うちはそうもいかん。

 今かて、ユウが彼氏になったんやって思うだけで全身がアツうなる。


「まあ、たまにはボウリングもよかったな」

「う、うん」

「じゃあ帰ってゆっくりしてから、夕方待ち合わせでいい?」

「う、うん」

「なんだよ大人しいな。別に今まで通り、なんだろ?」

「う、うん」

 

 今まで通り。

 そう、今までもずっとべったりやったし、お互い好きやったけどお互いにその気持ちを伝えてなかったってだけでなんも変わったことなんかあらへんのに。


 うちはユウの目が見れへん。

 

 ユウは今まで通りを望んでくれてるんやろうけど、うちはきっと違う。


 今まで以上を、期待してる。


 せやから勝手に緊張して、勝手にそわそわして、勝手にビビってる。


 今までみたいなまんまじゃいややから。


 もっとユウに、甘やかしてほしいって思うから。


「さてと、一旦部屋戻って着替えてくるか」


 アパートが見えてきたところでユウがそう言って、うちを見る。


 ただ、いつものように「ほなあとで」って言いたくなかった。


「……」

「どうした? 京香、疲れたのか?」

「……疲れた」

「そっか。なら部屋で昼寝でもしてこいよ。起こすからさ」

「……」


 その気遣いに対しても、「ほな頼むわ」と、やっぱり言えず。


 うちは言った。


 言うてしもた。


「……ユウと、一緒に寝たい」

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