第24話 うちの好きな人
「ん? なんだこの子の彼氏かよ。あーあ、だるっ」
うちの手を掴んだ手を離して、つまらなさそうに両手を頭の後ろに持ってきてため息をつく茶髪の男は、ユウの方を見る。
「ごめんごめん、俺ら別に君から彼女を取ろうとしたわけじゃないからさ」
「お前らみたいな連中に渡すかよ。ていうか、馴れ馴れしく京香に触ったこと、謝れ」
「いやいや、いいじゃんそれくらい。彼氏いるって知らなかったんだし」
男たちはへらへら笑っている。
高校生で、決して体格がいいわけでもないユウに対して少しバカにしたような態度でいる。
ただ、うちがユウに惚れたんは何も優しいだけやあらへん。
「……ぶっ殺されたいのか?」
「え?」
「ぶっ殺されたいのかって聞いてるんだよおらっ! 年上でも容赦しないからなお前ら」
手に持っていたペットボトルを、ユウは握りしめる。
すると、ぐしゃっとそれがつぶれて中に入った水がぽたぽたと滴る。
ユウは強い。
そんで、うちのこととなると一段と強い気がする。
そんな頼れるユウのことも、やっぱ好きなんや。
「……あ、あの、お兄さん?」
「謝れって言ってんだ。聞こえなかったのか?」
「い、いや、それは」
「早くしないとお前のその顔面もぐしゃぐしゃになるぞ?」
「ひっ……ご、ごめんなさい」
「俺じゃなくて京香に謝れって言ってんだろ」
「ご、ごめんなさい!」
怒りに満ちた様子のユウににらまれて、うち向いて頭を下げる四人組はそのまま走って逃げていく。
で、床が水浸しになってしまったのを見てユウが「あーあ、タオルもらってこないとだな」って。
そんでうちは、恐怖から解放されてその場に腰を抜かしてしまった。
「はあ……」
「京香、大丈夫? そこ、座る?」
「ユウ……」
濡れた手をシャツの端で拭いてから、うちを支えてそばの椅子に座らせてくれるユウの表情は、さっきより穏やかだけどやっぱりいつもよりは怖かった。
怒った直後やから、じゃない。
何かに対してまだ怒ってる。
それくらい、見たらわかる。
すみません、と係の人に声をかけてタオルをもらって床を拭くユウは、終わるとすぐにうちの隣に座る。
つぶれたペットボトルの他に、もう一本持ってた方をうちに渡してくる。
「ほら、飲めよ」
「……あんがと」
「ほんと、絡まれやすい体質だよな京香って。ま、目立つから仕方ないんだろうけどさ」
「う、うちは別に目立とうって思ってへんもん」
「知ってるよ。でも、勝手に目立つんだから。それって魅力があるってことだろ?」
「……そない迷惑な魅力なら、いらへんのに」
うちはちやほやされたいわけでもなく、目立ちたいわけでもない。
男遊びしたわけでも、モテたいわけでもない。
たった一人。
好きな人にちゃんと好きって言ってもらいたい。
で、それが叶ってる今、うちにほしいもんなんかあらへん。
……いや、もいっこあるな。
「ユウ、好きやで」
「……え?」
「うちの好きな人、ユウ以外におるって本気で思ってるん?」
「……嘘、だろ?」
ユウの目が、さっきまでの冷静さを失っていく。
少し目を泳がせて、うちから目を逸らしていく。
うちも心臓がどくどく脈打ってる。
でも、止まらへん。
「嘘ちゃうわ。うち、ずっとユウが好きで好きでしゃーなかったんやで?」
「……いや、だって俺が好きって言っても困ってたじゃんか」
「困ってへん。今のユウみたいに動揺はしたけど」
「……ほんと、なのか?」
「当たり前や。ずっと、辛い思いさせてごめんな。うちも、ずっと辛かった……」
ペットボトルを持ったまま、体ごと震える。
すると、ユウがそっとうちの肩を抱いてくれる。
「……俺も、ずっと好きだった。じゃあ、好きな人はいないんだな?」
「あほ、おるわ。あんたや、ボケ」
「あ、そっか。はは、そう、だったな……いや、なんか頭ん中真っ白になりそうでさ」
「うちかて、心臓がそこら中から飛び出そうやわ……」
互いに肩を当てて、静かになる。
でも、さっきまでと違う居心地のよさが、確かに感じられる。
通じ合った、ちゅう感じなんやろか、これが。
「ユウ、すっきゃで」
「はは、わかったよ。俺も、大好きだよ京香」
「うん……ほな、付き合ってくれるやんな?」
「当たり前だろ。俺の彼女になってくれ」
「……うん」
やっと、言えた。
なんや雰囲気もくそもへったくれもないけど。
そんなもん、いらんかった。
自分らの席でもない場所で、ボウリング場の隅っこで、服汚してべこべこのペットボトル持ったまんまの状態で。
うちも目腫らして、アイシャドウがちょっと黒く滲んで多分パンダみたいな目になっとるけど。
幸せや。
うち、幸せや。
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