第23話 いつもそこにいる

「お待たせやで」

「ああ、早かったな京香」

「ま、着替えるだけやしな」


 心ん中でうちは何度も「うちはできる子や」って、言い聞かせてユウの部屋に来た。


 で、すぐに外へ。


「どこいく?」

「んー、あんま遠く行っても面倒やし。そいや飯ってどの辺?」

「駅の裏あたりだよ。じゃあ駅前でぶらぶらするか」

「せやな」


 でも、駅の裏に回転ずしなんてあったっけ?

 ま、うちも大概世間知らずやし、その辺はユウに任せとこか。


「昼飯は?」

「おなかすいてへんからええよ。晩飯いっぱいご馳走なったるし」

「はは、怖いなそれ。でも、せっかくだし腹空かせとこう。よし、ボウリングなんかどうだ?」

「あ、ええやん。そーいや古い洋館みたいなとこ、一軒あったなあ」


 駅前は決して栄えてるとは言えへん場所やけど、カラオケとネカフェ、あとはボウリング場もあって遊ぶんには困らんようなところ。


 駅の裏の方にはちょっとした飲み屋街もあって、案外大人になってもこういうとこに住む方が便利なんかなあって思わされるところではある。


 駅に近くなると、どうやら同じく駅前を目指しているうちの生徒らが自転車でうちらを追い抜いていく。


 やっぱり駅前は人が多いかな。

 ちょっと、気が引ける。


「……なあ、やっぱ駅前はやめとかん?」

「ん、どうしたんだよ。会いたくないやつでもいるのか?」

「え、ええと、まあ、ちょっと」


 篠宮と鉢合わせするかもって、不安もあった。

 あと、まだ付き合ってへん状態のうちらを他の連中に見られて篠宮とおんなじようなこと思われるんも辛かった。


 ユウとおることは全然誰に見られてもなんとも思わんかったのに。

 ほんま、余計なことを言ってくれよったであのアマ……。


「そ、っか。そうだな、まあ、好きな人に見られたら困るよな」

「……へ?」

「いや、いいよ俺が無神経だった。じゃあ、やっぱり時間までは家にいるか」

「え、ちょっ、いやいや別にうちはそういうわけやのうて」

「遠慮するなって。戻ろっか」

「……」


 駅がすぐそこに見えているのに、ユウはさっさと引き返して家の方へ足を向ける。


 うちは、どうしてこんなことになったんかを冷静に考えようとするけど、考えがまとまらん。


 なんや好きな人って。

 うちの好きな人は……あれ?


「ゆ、ユウ」

「なんだよ。いいから帰ろうぜ。夜、また出かけるんだし」

「……」


 そういえば、ユウに好きな人がおるって話はさんざんした。

 で、それがユウなんやってわかるように話してきたつもりやったのに、なんやユウにはそれが伝わってへん様子やった。


 ちゅうことはつまり、ユウはうちが別の誰かを好きやって誤解してる?


 ……え、それはまずいやん!


「ユウ!」

「な、なんだよ大声出さなくても聞こえてるって」

「……ボウリング、いくで」

「いや、無理に行かなくていいって。俺もなんか、気分じゃなくなったというか」

「う、うちはボウリングの気分になってもうたんや! そ、それでもいかんっちゅうんか?」

「……わかったよ。京香がどうしてもっていうなら別にいいけど。いいのか?」

「もし行かへんかったらそれこそ怒るで。誘ったん自分なんやから責任とれっちゅう話や」

「はいはい。ほんと京香は気まぐれだな」

「……」


 心なしか、ユウは怒ってるというかうんざりした様子に見える。

 多分うちに好きな人が別におるって誤解してるせいや。


 ……夜までなんて、悠長なこと言ってられへん。

 はよどうにかせな。


 頭を整理しながら再び駅前へ行くと、思ったより閑散としていた。


「ほ、ほら結構駅前は人も少ないで」

「みんな店の中なんだろ。ま、ここまで来たんだからもう帰るとは言わないけどさ」

「わ、わからへんやん。ほら、入ってみよで」


 ユウはずっと拗ねた様子で、いつもより冷たく感じる。

 こんな優しないユウは初めてや。


 ……やっぱり、はっきりせんからうんざりされとんやろか。

 誕生日のお祝いやって言うてるのに、別の男をちらつかせとるうちのことを……いや、ちらつかせてへんねんけど。

 で、でも結果的にはそうなってるし。

 最低やん、うち。

 篠宮ん言うこともごもっともやで……。


「お、案外人いないな。京香、端の方のレーンにしてもらう?」

「……どこでもええよ」

「ま、人目につく必要もないし。すみません、端の方でプレイしたいんですけど」


 ボウリング場の中はちょっと薄暗くて、ピンがパコンと倒れる乾いた音だけが響いていた。


 家族連れ、カップル、仲間内。

 それぞれが楽しそうにボールを投げてはしゃいでいる。

 そんな中、手続きをユウにまかせっきりで、うちはずっと黙ったまま。


 案内された奥の端っこのレーンの前の椅子に座ると、ユウが「トイレ行ってくる」と。


 やっぱり怒ってる。

 まあ、当然やけど。


「……ユウ、めっちゃ辛い思いさせてたんやな。ごめん、ほんま」


 一人ぼっちになったところで、うちはぼそっとつぶやく。

 まだボールも選んでへん。

 ボウリングなんかする気にもならへん。


 今までずっと、ユウがどんな気持ちでうちとおったんかって思うと、胸が苦しい。

 うちかて、ユウがうち以外の人を好きやって誤解してたことあったけどそれはちょっと前に聞かされただけやったし。


 うちは半年くらい、ずっと好きな人がおるって言い続けてきた。

 はっきり言えへんからにおわすように。

 それがユウを苦しめてたって知ると、ほんま罪悪感しかない。


「……はよ、楽にしてやるさかいな」


 ユウが戻ってきたら、雰囲気もくそもへったくれもないけど告白しよう。

 うちはそう心に決めた。

 あんな暗いユウの顔、見たない。

 

「……ボールでも選びに行こか」


 今まで煮え切らんかった気持ちが不本意ながら固まって。

 ようやく立ち上がってボールを探しに行く。


 ヤンキーやってたわりに腕は華奢で、力が強いわけやないうちは軽めの女子用ボールを探しに行く。


 で、ちょうどええのがあったからそれを手に取ったところで、誰かに肩を叩かれた。


「あ、ユウ? うちな……え?」

「おい、姉ちゃん一人で何してんだよ」

「あ、あれ?」


 振り向くと、大学生くらいの四人組の男子がいた。


 茶髪のきもい顔したんが、うちの方をまじまじと見ながらにやっとする。


「へえ、かわいいな。一人なら一緒にボウリングやらないか?」

「え、ええと、うちはツレがおんねん」

「なんだ関西の子かよ。一人暮らし? いいじゃん連れが戻ってくるまででいいからさ」

「ま、待ってえな。こ、こんといて」


 やけに距離を詰めてくる男連中はうちの話を聞かん。

 ボウリングしてる人らは結構向こうで、今おる場所は受付からもよー見えへん場所。


 やばい。

 どないしよ。


 ボールを持った手に汗が滲む。


 そう思った時。


 ちゃんと、うちとの約束通りに。


「おい、何してるんだよお前ら」


 ユウが戻ってきてくれた。

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