第21話 好きなんじゃ


「京香がいないと暇だなあ」


 朝。

 京香は椎名先生に話があるからと言って出て行った。


 昼までには戻るってことだったから気長に待つことにして、部屋でゴロゴロしてるんだけど。


 やっぱり一人は寂しいなって思う。


 京香に、ちゃんと付き合ってほしいって言うべき、なんだろうか。


「……今のままじゃ、嫌だよな」


 幼馴染として。

 一緒にいられることは幸せだけど、それ以上でもそれ以下でもないから踏み込めない。

 今も、何時くらいに帰るのかとか聞きたいけど聞けない。


 関係ないやろって、言われたらそれまでだし。

 実際、そんな関係じゃない。


 だから関わりたい。

 もっと、深く京香と関わりたいし、知りたい。


 一人で部屋にいると、そんな気持ちばかりが膨らんでいく。


「……ま、今日の飯の時、かな」


 食事をご馳走するってのはもちろんだけど。

 ちゃんと誕生日プレゼントだって買ってる。


 毎年、大したもんを渡してないし今年も喜んでもらえるかはわからないが。


「……プレゼントなんかでなびくような女じゃないもんな、あいつは」


 でも、これは気持ち。

 いつもありがとうっていう、お礼。

 だから見返りなんて求めない。

 ただ、もし許されるなら毎年彼女にプレゼントを渡し続けたいなって。


 それだけだ。



「んー、めっちゃうまかったあ。先生、ここええなあ」

「私もたまに友達と来るんだけどおいしいし安いよね」

「なあ、また一緒に行こや」

「ふふっ、いいけどその前に黒木君ときたらどう?」

「う、うん」

「デートスポットにもちょうどいいでしょ。さて、帰ろっか」

「え、もう?」

「さっきからスマホちらちら見てるから。早く彼に会いたいんでしょ」

「……うん」

「ふふっ、素直になったわね。その素直さを今日、ちゃんと見せるのよ。いい?」

「わ、わかっとる。先生、ほんまありがと」

「いえいえ、全然いいわよ。私も楽しかったから」


 先生は終始優しかった。

 ほんま、兄弟がおらんうちにとって、椎名先生はお姉ちゃんや。

 悪いことばっかして、勉強もできんで他所に来た時は何してんねやろって思ったりしたけど。


 こうやってええ人に巡り合えたんは幸せなこっちゃ。

 もう、昔みたいに暴れたりはせえへん。


「先生、ごっそさんでした」

「いいわよこれくらい。じゃあ私はこのあと駅の方にいくから。じゃあね」

「うん。ほなまた」


 一緒に店を出て、その場で解散。

 うちは先生を見送ってから学校の方へ。


 家に帰るなら、学校抜けて裏門から出た方が早い。


 休日の学校は部活動の声が響いてるものの閑散としとって。


 グラウンドの隅っこを歩きながら裏門を目指していると、


「あれ、橘さんじゃん」


 友人二人を引き連れた篠宮に声をかけられた。

 

「あ、ど、ども」

「どうも? なにその挨拶? ねえ、学校の人気者が休みの日に何してんの?」

「え、ええと……別に、ちょっと用事で」

「ふーん。じゃあ今から帰り?」

「そ、そう、やけど」

「付き合ってもない男の家に?」

「……え?」


 篠宮の言葉に目を丸くすると、やっぱりと言わんばかりのにやついた表情で彼女は続ける。


「あのさ、私の友達がピザの配達のバイトしててね。黒木君の家に出前持っていったのにあんたが出てきたって話、聞いたわよ」

「あ、あの、そ、それはたまたま」

「たまたま部屋に転がり込んで一緒にピザ食べてたって? はは、何そのバカみたいな言い訳。あんた、付き合ってもない男の部屋に転がり込んでたぶらかしてるなんて、マジでビッチじゃん」

「ち、違う……う、うちは」

「あとさ、そのきっしょい関西弁やめてくれない? うちうちって、まじでぶりっ子みたいなんだけど」

「……」


 突っかかってくる篠宮の顔は、笑いながらも怒ってるのがはっきりわかる。


 で、取り巻きがにやにやしているのもまた、腹立たしい。


 ただ、こんなとこで喧嘩なんかしたらせっかくの今日が台無しや。


 我慢や、我慢……。


「ねえ、なんか言ったらどうなの? 黒木君と幼馴染かどうか知らないけど、好きでもないくせに彼を束縛してるなんてマジでクズなんだけど」

「……束縛なんか、してへんもん」

「してるわよ。ああやってべったりいたら、そりゃ黒木君だってその気になるでしょ。でも付き合わない。ほんと、私も人のこと言えないけどあんたみたいなのよりはましだわ」

「……ちゃう」

「え? 何よ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

「……ちゃうって、言うてんねん」


 その気もない?

 束縛してる?

 あんたらに何がわかんねん。


 うちが。

 うちがどれだけユウのことだけ考えてて、ユウの為にだけって思て過ごしてきたか、知っとんか?


「違うんなら言いなさいよ。あんた、黒木君のこと好きなの?」

「……せや」

「ほんとにー? 今適当言ってるんじゃないの? あ、それともいろんな男に好き好き言ってる系かな?」

「……ちゃうって、言うてるやろが!」

「きゃっ!」


 そばにあった木を、思いっきり殴った。

 もちろん折れたりなんかはせんけど、ミシッって音を立てて木がちょっとへこんだ。

 手が痛い。

 でも、そんな痛みにかまう暇も余裕も、ない。


「おのれら、うちがユウのことどれだけ好きか知らんやろがい! てんご抜かしとったらその首ぶち抜いて河原に晒すぞワレ!」


 もう、言葉がすっかり昔のヤンキー時代に逆戻り。

 淑女とか天使とか言われたうちはもう、どこにもおらんかった。


「ひ、ひっ……な、なによ急に」

「絡んできたんはそっちやろがい! うちがユウのこと好きやったら何があかんねや? ひがみか? ほんならおのれらもユウに振り向いてもらえるように努力せいや! うちは毎日死ぬほど悩んどんや! 人の気も知らんとベラベラ言いよってからに。ぶちまわしたろかい!」

「ひーっ!」


 うちの下品な叫びが静かな校舎裏に響く。

 そして、やばいと思ったのか取り巻きたちが先に逃げていく。


 腰を抜かした篠宮は、怯えた目でうちを見て涙ぐむ。

 完全に負け犬になった彼女を見て、少しだけうちも冷静になる。


「……あんな篠宮さん。そない人のこと悪う言うて楽しいか? 人が不幸になって楽しいか? ちゃうやろ。一応クラスメイトなんやったら、ユウのことが好きなんやったら、あいつの幸せを願ってやりいや。うちかて、仮にうちが選ばれへんかってもユウが幸せなら多分、三日三晩泣いた後でちゃんとお祝いするで。好きって、そういうもんちゃうんか?」

「……な、なによ私に説教するの?」

「説教で済んだらええけどな。今はあんたの顔見たない。はよどっかいけ。さもないと」


 もう一度。

 残ったストレスを吐き出すように木を殴る。


 すると、篠宮は「ご、ごめんなさい!」と再び泣きながら。

 何度も転びながら逃げて行った。


「……あーあ、やってもうた」


 ヤンキーやなんて思われてええことないって。

 ユウが言うてくれたからうち、ちゃんと大人しい女子を演じとったのに。


 明日から、またヤンキー扱いや。


 でも、


「……人殴るんは、ちゃんと我慢したで」


 左の手の拳からだらだらと血が流れるんを見ながら。


 それだけは褒めてほしいって。


 思いながらうちも泣いていた。


 痛いから、やなくて。


 なんでこない辛い思いせなあかんのやろって。


 人を好きになるって、なんなんやろなって。


 はよ、慰めてほしい……ユウ。


 

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