第20話 相手を信じることで
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「ふう……これでいいかな」
明日は京香とご飯。
ただ、誕生日の祝いに回転寿司だなんて味気ないことはしたくない。
だからといって、親の金で贅沢なんて何ひとつかっこいいところがない。
というわけで、親の仕事を手伝っている。
日本語から英語に文章を翻訳する仕事をしている両親は、しかし多忙で見直しなんてものをする時間があまりなく。
幸い英語が得意な俺が、勉強を兼ねて誤字脱字の確認をしているのだ。
「あとは直したものをメールで……ほい」
あとはチェックした書類の数に応じて仕送りとは別に小遣いをもらう。
内職に毛が生えたような金額だけど、一か月やればそれなりにはなる。
先月の仕事した分が昨日、振り込まれたばかり。
通帳を見ながらうなずく。
「ええと、振込金額は……うん、これならなんとかなるな」
仕事としては少額、だけど高校生にしては十分すぎる金額。
京香には少しいいものを食べさせてあげられそうだ。
♥
「寿司ごっそさん、やっぱすっきゃで……うーん、それやと寿司に釣られた女みたいやなあ」
部屋で一人、明日の食事のあとでどう告白するかを犬のぬいぐるみ相手に予行演習中。
ただ、気の利いた言葉が見当たらへん。
「き、今日は月が綺麗やなあ……いや、明日曇りやったらどうすんねん……だーっ、もうどうしたらええかわからへんわ」
困り果てたうちは、それでもこの気持ちを誰かに相談したかった。
でも、地元でも今でもユウ以外に親しい人間を作ってこなかったうちは、頼る先があまりない。
それこそユウ以外やと両親くらいか。
ただ、母にこんな話をしたら、「そんなうじうじしとんやったら明日ユウちゃんに私から言うといたるわ!」ってなりそうやし。
実際言いそうやし。
……誰かおれへんかな。
「あ」
スマホの中に入った少ない連絡先を眺めていると、よくうちの話を聞いてくれる人のことを思いだした。
「椎名先生……よっしゃ、電話や」
まだ寝るような時間やないし。
早速電話をかけてみた。
「はい、椎名ですけど」
「お、先生うちやうち!」
「橘さん、こんな時間にどうしたの? なんか困ってる様子……でもなさそうだけど」
「こ、困ってるっちゅうねん! なあ、相談したいことあんねんけど聞いてくれへん?」
椎名先生は声も若い。
せやからか、まるで友達に話すようについ勝手に話を進めるうちやったけど、
「いいけど、電話より会って話した方がいいんじゃない?」
と、優しく言ってくれた。
「う、うん。ほな、今から会われへん?」
「もう夜遅くになるから今日はダメよ。明日、私も午前中は何もないから朝どこかで待ち合わせるとかは?」
「朝やったら明日は大丈夫やで。ほな、学校の前にあるカフェ行きたい。うち、モーニングっちゅうの食べてみたいねん」
「はいはい。じゃあ明日の朝9時に正門のところでいい?」
「うん。先生、お願いな」
というわけで、明日は先生に話を聞いてもらうことに。
ユウとのことは不安いっぱいやけど、椎名先生とモーニングできるってのはちょっと楽しみ。
はよ寝よう。
ほんで明日は大勝負や。
「ユウ……うちもちゃんと言うからな」
ぎゅっとぬいぐるみを抱いて。
早めに眠りについた。
◇
「せんせー」
朝。
ユウに「ちょっと先生と用事やから」とだけ伝えて学校の方へ。
すると、いつもの白衣ではなくカジュアルな私服姿の先生が。
「あら、橘さんおはよう」
「先生、大学生みたいやなあ。めっちゃ可愛いでそのシャツ」
「あはは、ありがと。でも、橘さんも足長いからジーパンがよく似あうわね」
「女の子らしい恰好したいねんけどな。ね、はよ行こや」
「はいはい」
一緒に正門から道を挟んだ向かいのカフェに入る。
休日の朝でも結構な人でにぎわう店内をきょろきょろ見ながら奥の席に案内されると、すぐに先生が「モーニング二つ」と。
で、飲み物を聞かれる。
「橘さん、何にする?」
「ええと、うちは……冷コーで」
「れ、れいこ?」
「あ、ええと、アイスコーヒーで」
親が使っていた言葉が通じず、ちょっと恥ずかしい思いをしながら。
注文を終えて待つ間、水を飲みながら早速先生に話を始める。
「ええと、早速なんやけど。先生って、彼氏おるん?」
「あら、私のこと? いないけど」
「お、おらへんの? いつから?」
「んー、もう二年くらいかなあ……ってなんで私の話なのよ。今日は橘さんの相談じゃないの?」
「あ、せやった」
でも、先生はめっちゃ可愛いし若いのに二年も彼氏おらへんねや。
意外やなあ。
って、今はその話ちゃうやろ。
「こほんっ。先生、どうやったら告白ってできんの?」
改めて。
先生に聞く。
すると、
「好きって言えばいいのよ」
と、簡単にあっけなく返される。
「そ、それができへんから困ってるんやんか」
「なんでできないのよ。言えばいいだけじゃない」
「せ、せやから言いたくても」
「あはは、うそうそ。いじわる言ってごめんね」
「ぐっ……先生、案外意地悪いねんな」
「ふふっ、困ってる橘さんを見るとついからかいたくなって」
「……」
なんかからかわれた。
で、ちょっと拗ねとるうちを見ながら先生は言う。
「でも、言えない理由は何かってことをちゃんと理解して、それを克服したら言えるんじゃないのかな?」
「言えへん理由……」
うちがユウに好きって言えへん理由。
それは、昔はユウの気持ちがわからんかったから。
もしユウがうちのこと好きでもなんでもなくて、気まずなったら嫌やなあって。
におわせて、様子をうかがうことしかできんかった。
で、最近はというと。
ユウに好きな人がおるって聞いて、ビビってた。
それが誰かもわからんし、それを覆すだけの自信もなかった。
ただ、今は違う。
ユウがうちのことを好いてくれちゅうことをうちは知ってる。
せやから答えるだけなんや。
うちも……ううん、うちの方がユウのこと、大好きやって言うだけ、なんや。
「……ビビる理由なんか、あらへんねんな」
「向こうも橘さんのこと好きなんでしょ? だったら絶対喜ぶわよ」
「そ、それはわかってんねん。ユウがちゃんと気持ち示してくれたから、あとはうちがちゃんとするだけってのも……せやけど、やっぱり怖いねん」
ユウがもし、好きだけど付き合えへんとか。
好きの意味が違うとか。
そんなこと言われたらもう、立ち直れへんって思うから。
ビビって、ビビってビビりまくって。
石橋をぶっ叩いてぶっ壊しておいて渡られへんねん。
けど。
「橘さん。あなたの好きな人はあなたを傷つけるような人なの?」
「ち、違うで。ユウはめっちゃ優しいしうちのこと何より大事にしてくれて、ほんで、ええと」
「ふふっ、だったら橘さんの告白だって、ちゃんと聞いてくれるって思えない? そうやって臆病になってるのって、相手のことを信用してないことになると思うんだけど」
「信用してへん……」
言われて、考えてみると確かにそうかもって。
ユウがうちにひどいこと言ったりするはずないのに、勝手に被害妄想しよった。
信じてへんやんな、そんなん。
「……ダメやな、ほんま。うん、先生、なんや決心ついたかも」
「うんうん。じゃあ今日はめでたい日になるかもね。この後、彼と会うんでしょ?」
「ま、まあ。今朝も会うたけど」
「もう、ラブラブじゃん。あーあ、いいなあ、私も彼氏欲しいなあ」
「先生なら絶対すぐやって。なんぼでもぎょうさんおるやろ」
「モテるのといい相手が見つかるのは違うのよ。好きな人に好きって思われたいわけよ、私だって」
「……せやな」
うちもそうやった。
いくら周りからちやほやされたって、なんぼも嬉しない。
そんかわりユウがちょっと優しくしてくれるだけで死ぬほど幸せ。
そんなもん、やな。
「あ、モーニング来たわよ。せっかく来たんだしゆっくりしよっか」
「せやな。先生の恋愛話、聞かせてえな」
「えー」
すっかり気分が軽くなったうちは、目の前に出されたおいしそうなトーストに目を輝かせていた。
女子らしく、写真なんか撮ってみて。
帰ったらユウに見せたろ。
えへへ、なんやこの後が楽しみなってきた。
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