第19話 聞こえんくても口にしてみたら


 部屋、連れ込んでしもうた……。


 ど、どないしよ? 部屋、ちゃんとええ香りしよるかな?


「ふーん、片付いてるんだな」

「そ、そらそうや。うち、あんまもの持たへんし」

「ま、部屋の作りも一緒だから新鮮味はないけど」

「じ、じろじろ部屋みんとそこ座っといて。お茶でええ?」

「ああ、ありがと」


 当たり前やけどおんなじ作りの部屋やからユウのリアクションも頷ける。

 ただ、女の部屋に入ったんやからもうちょっと慌ててほしいというか、そわそわしてほしいのに。


 うちのほうだけ、ドキドキして茶入れる手も震えが止まらん。

 ……このあと、どないしたらええんや。

 帰らせへん、とか?

 帰ったらいやや、とか?


 ……言えるかい、ドアホ。


「お、お茶やで」

「京香、ちゃんとパックでお茶沸かしてるんだ」

「せ、節約や。それくらいするって」

「はは、そうだな。でも、キッチンに立つ京香なんてあんま想像できないからさ。そこで料理してるの?」

「ま、まあ。明日は日曜やからやらへんけど」

「休みの日でも自炊はしろよ。節約してるんだろ?」

「……苦手なんやもん」


 うちは基本男子みたいな中身。

 勉強嫌い、運動好き、かっこいいもんが好きで料理とか裁縫とか苦手。


 ほんまええお嫁さんになりそうな女とは正反対なとこにおる。

 そんな女のどこがええんやろ、ユウは。


「ま、俺は昔っから親が家にいないこと多かったからな。家庭環境ってのもあるんじゃね?」

「せやけど……ユウは器用やん」

「運動神経は京香の方がいいだろ」

「卓球はいっつも負けるで」

「はは、確かに。じゃあやっぱり京香は不器用だ」


 普通、料理もなんもできんと知ったら幻滅するはず。

 実際、高校に入ってすぐ言い寄ってきた男子が「橘さんって料理うまそうだよね」って言ってきたから「料理なんかしたことあらへんわ」と冷たく返事したら、かなり興ざめした顔しとった。


 結局、女に期待しとんはそういうとこ。

 ユウもそうなんやろなって、ユウの気持ち聞くまではずっとそう思ってた。


 せやからユウがうちのことを好きって言ってくれて、正直ビビったし。

 今でも、半信半疑なとこだらけや。


 なんでうちのこと、好きなんやろ。

 って、考えていると沈黙が続いてしまった。


 気まずくなって、話題を探す。


「な、なあ、ゲームもないけどトランプならあるで」

「お、懐かしいな。昔はよく二人でババ抜きしたっけ」

「二人やとすぐ終わるからつまらんけどな。よー飽きずにやったもんやで」

「久しぶりにやるか? 明日の飯でも賭けて」

「やる気やな。ほな、負けた方が勝った方に明日の昼飯奢り。うち、すしがええなあ」

「おいおい高いものはなしだぞ。せいぜいラーメンだ」

「勝てばええねん。ユウはちなみになん食べたい?」

「……なんでもいいよ。京香の食べたいもんでいい。奢る気はないけどな」


 そう言って、ユウは悪戯に笑う。


 なんでもええ、か。

 うちと飯食べれたらそれでええやなんて、どない謙虚やねん。

 

 うち、そんなええ女ちゃうのに。


「ほな、負けた方が寿司や」

「その代わり回転すしだぞ。贅沢してたら親に怒られるし」

「回る寿司でも寿司は寿司や。ほな一発勝負やで」

「ああ、望むところだ」


 ユウはずっと、楽しそうに笑っている。

 トランプを配る間も、ペアのカードを探す間もずっと。


 ほんま無欲や。

 そんなにうちとおって楽しいんか。


 ほんなら……。


「見せえや、それ……」

「ん? ジョーカーの位置は言わないからな」

「あ、いや、そうやなくって……さ、さてやるで! うちなんも持ってへんから優勢やな」

「すぐ引くって、どうせ」


 トランプを顔の前にかまえて、ババ抜きを始める。

 でも、いつもうちはユウに勝てん。

 勝ったためしがない。


 ユウはいつも「京香は考えてることが顔に出てるんだよ」って。

 でも、そんだけわかるんならどうして今、うちが考えてることがわからへんねん。


 にぶちん。

 どんかん。

 ぼけなす。


 ほんま、そういう肝心なとこだけ鈍いとか、バカなんか……。


「あ」

「ほら、引いたな。次、俺の番だぞ」

「た、たんま! カード混ぜるからたんまや」


 結局、うちがすぐにババを引いて。

 そのあとユウは一度もババを引くことなく。


 うちはあっさり、負けた。


「……うちの負けや」

「はは、やっぱり京香はこういう勝負弱いよな」

「ぐぬっ……」


 負けるとなんでも悔しいもので。

 おごりとかそういう以前にイラついたうちはもっかい勝負やと、トランプを必死にかき集めているとユウが小さな声で言う。


「ま、明日は俺の奢りでいいけど」

「あ、あかんて。それやと勝負の意味あらへんやん」

「いや、勝った分はまた別の日にご馳走になるから」

「じゃ、じゃあなんで」

「京香、誕生日だろ来週」

「あ」


 すっかり忘れとったというか、気にもしてなかった。


 来週はうちの誕生日。

 ていうか、それはつまりユウの誕生日でもある。


 もちろんユウの誕生日は覚えてたし、なんならもうネットで誕生日プレゼントまで買ってある。


 やけどうちの誕生日やってことはほんま気にしてなかった。

 祝われるなんて、思ってもなかったから。


「……ユウかて、誕生日やん」

「まあな。だけど去年までそうやってお互い誕生日だから折半だって言って、割り勘してたじゃん。あれだと、普段と結局変わんないなって」

「せ、せやけどうちだけ祝ってもらうんはちょっと」

「俺がそうしたいんだよ。嫌か?」

「……嫌やあらへん、けど」

「そ。ならそうしよう。前祝で明日はパーッとやろう」

「ん……」


 なんか、嬉しすぎて言い返す気にもなれんかった。


 で、結局明日は二人のお祝いってことでまた外食になった。


 ワクワクする。


 そわそわする。


 ほんで、そんなふわふわした気持ちも、ユウが部屋を出ていく頃には段々と形が固まってくる。


「んじゃ今日は帰るから。また明日な」

「……おやすみ、ユウ」

「おやすみ」


 ユウが玄関から姿を消すと。


 うちは誰にも聞こえへんような声で呟く。


「……好き」


 その言葉を、明日は届くような声で言おう。


 ちゃんと、言葉にして彼に届けよう。


 そう決心して、部屋に戻る。


 ユウがとってくれたぬいぐるみが、ベッドにちょこんと座っているのが少し滑稽だった。

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