第18話 たまにはこっちから
♠
「あーあ、すっかり夜だな」
風呂から出て京香と帰る途中。
真っ暗な道を自転車でゆっくり進みながらぼやくと、後ろで京香がつぶやく。
「なあ、ユウはうちの何がええのん?」
急に振られた話題に、思わず自転車を漕ぐ足を止める。
「……どうしたんだよ急に」
「あ、ごめん。でも、急に好きやなんて言われたら、ビビるやん」
「まあ」
そりゃ、ずっと幼馴染としか思ってなかった相手から急に告白されたら戸惑うのは当然。
今日だって、どこか浮かない様子だったのはそのせいもあるのだろう。
はっきりいうべきか誤魔化すべきか。
いや、ごまかす理由はない、か。
「京香だから、だよ」
「……?」
「美人だし、人気者だし、声もきれいだからとか。そういう表面的な理由もまあ、あるんだろうけど。でも、俺は京香といると楽しい。だからずっと一緒にいたいって、そう思ってるだけだよ」
「ず、ずっと一緒やんか」
「まあ、そうだけど。でも、俺たちは男女だし。いつか京香が好きな誰かのとこに行ってしまうって思うと、やっぱ辛くてさ。でも、それは俺の努力不足なわけで。今こうして、その日が来るまでの間だけでも一緒にいれたら、それはそれで幸せなのかなって」
ほんとは。
ほんとは、そんなこと思ってない。
京香がいつか誰かのものになるなんて、考えるだけで吐きそうだけど。
言えない。
重く、思われたくない。
素直になろうとしてるのに。
どこかかっこつけて、あと腐れない自分を演じてしまう。
「……なんやそれ」
「はは、ほんとなんだそれだよな。まあ、そういうわけだからあんまり重くとらえないでくれよ。俺は今のままで十分だから」
「……ほんまに?」
「ほんとだよ。好きってそういうことだろ」
「そんなもん、なんかな……」
もちろん、そんなかっこいいことを本心から言えるはずもない。
言いながら、吐きそうになってるくらい、不安しかない。
ただ、一秒でも今の関係を崩したくないから、強がってしまう。
本当は一言、「俺と付き合えよ」って言いたいけど。
京香に好きな人がいるのなら、そんな告白は無意味どころか今の関係すらも崩してしまう。
だから言えない。
「さて、帰るぞ」
「うん。あ、月や」
「ほんとだ。ちょっとだけ欠けてるけどまぶしいな」
「ああ、ほんまに。月、綺麗やなあ」
「……」
月が綺麗。
俺はその言葉に少し反応しかけたけど。
そういえば京香はその意味も知らないんだったと気づいてそのまま自転車を漕ぐ。
月が綺麗。
あなたを愛してる。
そんなしゃれたことを京香に言われたら、俺はもう三日三晩寝れないだろうな。
なんて。
ありもしないことを妄想しながら黙々と、自転車を漕いで夜道を進んでいった。
♥
月が綺麗、か。
今の反応やと、伝わってへんのやろな。
月が綺麗。
あんたのことが好き。
昔の人間はなんちゅうけったいな翻訳しよったんや。
むずむずしてかゆなるわ。
でも、言えへんなあ。
ユウ、あんたが好きや。
その一言が、なんで言えんのや。
言うだけなんかタダやっちゅうに。
言えん。
ユウは今のままで十分って言うてくれてるけど。
うちは今のままは嫌なんや。
もっと踏み込みたい。
しかもユウの気持ちも知ってる。
……ドアホ。うちのドアホ。
今ここで言え、言うてさらけだせ。
……。
言えん……。
♠
「じゃあおやすみ京香。明日はどうする?」
「……起きたら部屋行く」
「ああ、わかった。じゃあまた」
「ん」
部屋の前で別れる時、京香はいつもさみしそうな顔をする。
でも、それが単に夜が不安なだけだからなのか、俺と離れるのが寂しいのか、俺はわからない。
わからないなら聞けばいいのだろうけど、聞けばきっと「さ、寂しいわけあらへん」とか、言われるに違いない。
だから聞けないままいつもここで別れる。
でも、今日はちょっとだけ。
意地悪になった。
「なんだよ、寂しいのか?」
強がって、無理に笑顔を作りながら余裕もないのに余裕を見せて。
すると、京香は思った通りむすっとした顔をした。
しかし、
「……寂しい言うたら、一緒におってくれるん?」
と。
「え?」
「き、聞いてきたんはそっちやろ? ど、どないなん?」
「い、いや別にいいけど」
「別にええってなんなん。嫌なら嫌って」
「嫌なわけないだろ。じゃあ、ウチくるか?」
「……今日は、こっちに来てほしい」
開いた玄関から半分顔を出して俺を手招く京香。
その顔はよく見えないけど、耳は真っ赤だ。
「……部屋、恥ずかしいなら無理するなよ」
「い、いいんよ別に。見られて困るもん、ないし」
「じゃあ、行っていいのか?」
「……来てくれな怒る。この辺、夜は物騒やから」
と、言って。
京香は先に部屋に戻っていく。
慌てて部屋の玄関を掴んでついて行くと、京香は「鍵しといて」と。
さっさと奥の部屋へ逃げるように向かっていった。
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