第17話 あと一歩だけ、前へ


「……案外難しいな」


 息まいてクレーンゲームに挑戦したはいいが、子供くらいあるサイズのぬいぐるみはつかめない動かないでどうにもならない。


 あっという間に千円溶けた。

 あと千円くらいしか、予算がない。


「なあ京香、店員さん呼んできてくれよ」

「ん、ああわかったで」


 京香に頼んで、すぐに店員さんを連れてきてもらう。


 こういうのは、甘えたもん勝ち。

 ちょっと取れなくて困ってる風を見せると、サービスのいい店なら取りやすい場所に動かしてくれたりするんだが。


「はい、これであとは下に押し込む感じでやってみてください」

「あ、ありがとうございます」


 気前のいい店員さんで、すぐに中のぬいぐるみを動かしてくれたんだけど。


 明らかにもう、落ちる寸前。

 揺れただけで落ちるような場所にぬいぐるみを設置してくれた。


「……いいのかなこれ」

「ええやんええやん。ほら、もうちょいでとれるで」

「あ、ああ」


 なんか悪い気がしながらも、百円を入れてトライ。

 すると、すぐにぬいぐるみはゴロンとバランスを崩して穴の中へ落ちて行った。


「……とれちゃった」

「おー、やるやんユウ」

「い、いやこれは俺がとったというよりサービス……いや、店員になんていったんだ?」

「えー、だいぶ使ったけどびくともせえへんからなんとかしてえってお願いしたんや」

「そんな使ってないだろ」

「うちらにとっては千円もえぐい出費やで。んなことより、これ、ありがとうな」


 京香が嬉しそうにぬいぐるみに抱き着きながら礼を言う。

 その笑顔を見て、まあいっかと俺も寒くなった財布をポケットにしまう。


「じゃあ、帰るか。お金もあんまないし」

「せやな。こんなん持って街ぶらぶらしよったら変やもんな」


 というわけでせっかく来た隣町デートはここまで。


 二人で駅に向かう。

 結局この街のおしゃれスポットも洋服屋も見れずじまい。


 ただ、


「えへへー、かわええなあお前。一緒に寝よなあ」


 嬉しそうな京香が見れたので、それだけでよかった。


 二人で電車に乗る時もずっと、大事そうにぬいぐるみを抱える京香と一緒にいつもの駅へ戻ってきて。


 二人でゆっくりアパートへ歩いていく。


「さて、晩御飯どうしようか」

「まだ昼すぎやで」

「そういえばそうだっけ。ま、家でゴロゴロするか」

「……うん」


 何か言いたそうな京香だったが、アパートの前に戻ると無言のまま自室へ帰っていく。

 そして、部屋に戻る時にようやく「ありがとな、これ」とだけ。

 

 そのまま、部屋へ戻っていった。



「……ユウのアホ、なんで告白せえへんねん」


 正直今日のデートで期待してたことがあった。

 

 ユウから、付き合ってくれって告白されへんか待ってた。

 でも、なかった。

 いつもの優しいユウやった。


 うちかて、何回も言おう言おうと思ったけど、そう思うたびに喉がきゅっと狭なってしもて、言葉が出んかった。


 このままやと、せっかくユウの気持ちしれてもずっとこんままや。

 いや、むしろうちがはっきりせんことで愛想つかして他所の女に逃げられる可能性やってある。


「……そないことなったら、そん相手ぶっ殺しそうやけど」


 なんて言いながらもできないんやろなって、わかってる。

 悪いんははっきりせん自分やから。


 今かて、休日なんやから荷物置いてもっかい遊びに行こうとか、なんなら部屋で一緒にテレビ見たりとか、うちが言えばユウは絶対否定せえへんのに。


 なんで避けてまうかなあ……。

 一緒におったら楽しいけど、もやもやしてまうからなんやけど、それをなんとかせなうちらずっと一緒になんかなられへんやん。


「はあ……ユウから誘ってくれへんかなあ」


 と、さっき持って帰ったぬいぐるみに問いかける。


「なあ、どうやったらユウは気づいてくれる思う?」


 とも。


 ただ、少し変わった顔をした大きな犬のぬいぐるみは無言でうちを見つめるだけ。


「……あほらし。寝よか」


 ずっともやもやしてるとなんや疲れてきた。


 目を閉じて、ぎゅっとぬいぐるみを抱く。


 うちの為にユウがとってくれたそれを、大事に大事に抱きしめて。


 やがて、眠気が襲ってきた。



「……ん」


 随分と昼寝をしていたみたいで。

 目が覚めたら窓の外はすっかり夕暮れ。


 部屋は薄暗くなっていた。


「……ユウから連絡はなし、か」


 寝てる間になんか連絡くれてへんかなって期待したけど。


 はあ……。


「おーい、京香起きてるか?」


 ため息をついていると、玄関の向こうからユウの声がした。


 うちはびっくりして、ぬいぐるみを抱えたまま玄関へ飛び出す。


「な、なんや急に?」

「おいおい、ぬいぐるみ抱えて出てくるなよ」

「あ」

「寝てた? だったら起こして悪かったな」

「い、今起きたから平気や。それより、なんや?」

「いや、風呂。夜だし」

「あ」

「どうしたんだよまだ寝ぼけてるのか? ほら、待っててやるから準備してこいよ」

「う、うん」


 そういえば風呂、忘れとった。

 毎日毎晩、うちとユウは風呂に行くんやった。


 ……それかて、うちがおかんに無理やりお願いして風呂のないボロアパートにしてもろたんやったっけ。


 ユウはうちの世話係してくれるって話やったから必然的にうちの隣に住むって話になってたし。

 で、思惑通りこうやって毎日ユウと出かける口実になったし。


 やけど、そっから先がなんも進まん。

 意気地なしのうちのせいで。


「はあ……」

「おいおい出てくるなりため息って。疲れてるのか?」

「ち、違うで。なんや暑いなあって」

「確かに蒸し暑いな。帰りは汗かかないようにゆっくり帰るか」

「うん。ほなはよ、風呂行こ」


 でも、こうして飽きもせずユウの後ろにのって風呂に向かうのが、うちの一日の楽しみでしかない。


 ただ、気持ちが通じ合ったらもっと、もっと楽しいんやろなって。

 

 思うのに言えん。


 言えば楽になれるのに。


 ……お願いやから、うちにもっかい好きって言うてえな。

 

 ちゃんと、うちも好きやって言うから……。

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