第16話 両思い、だからこそ

「お、あれあれ。行こう」

「う、うん」


 駅を降りると、学校の最寄駅とは全然ちゃう景色が広がっていた。


 都会、なんていうたら大袈裟やけど駅前にはお店がいっぱいあって。

 にぎわってる。

 人も多くて、同じ市内とは思えんくらいや。


「へえ、とんこつか。よかったな、京香とんこつ好きだろ」

「べ、別にラーメンなら何でもすっきゃで。入ろ」


 駅前のラーメン屋は屋台のそれとは違って随分ときれいな外観。

 時間帯がまだ早いこともあってか、店内に人はまばらだったが、中に入るととんこつのいい匂いが漂ってきて食欲をそそる。


「ぐう」

「はは、京香おなかなってるぞ」

「せ、せやかてお腹すいたんやもん……」

「じゃあ早速頼もう。すみませーん」


 最悪。

 おなかの虫の音聞かれるなんて、恥ずかしいを超えて死にたなるわ……。


 せっせと店員呼んでくれて注文済ませたんはええけど、また鳴りそう……。

 ほんま、淑女っちゅうもんなんかにはうちはなれへんなあ。


「京香、食べたら行きたいところとかある?」

「せやなあ。ユウはなんか買いに行きたいんやろ?」

「そうだな。夏服とか買いたいのと、あとはゲームでも」

「ユウがゲームとか珍しいな。なんかめぼしいのあるん?」

「んー、二人プレイのもん買っておこうかなって。ほら、いっつもお前が一人でやってるの見てるだけだし」

「あ、ほんまやな。ほな割り勘でなんか買おうや」

「ああ」


 と、返事しながらユウの顔は暗い。

 うちは、ユウからそんな提案をしてくれて飛び跳ねるくらい嬉しいのに、なんでやろ?


「どしたん?」

「……いや。二人で一緒にゲーム買ったら、どっちのもんになるんだろうなって」

「なんやそんなんどっちのでもええやん。そない細かいこと気にしててん?」

「いや、だって……あ、ラーメン来たぞ」


 ユウが何か言いたそうにしていたところで、間が悪くラーメンが来た。


 何を言おうとしたんやろかと、気になってユウを見てみたけど「おいしそうだぞ、早く食べよう」と。

 話が逸れてしまった。


 うちもそれ以上踏み込めず、黙ってラーメンをすする。


「……ずずっ」


 うまい。

 でも、なんか味がせん。

 多分、意識が食べもんに向いてへんからやろな。


 隣で黙々と食べるユウも、いつもより顔が浮かない。

 うちとおっても楽しないんやろか。

 それとも、好きや言うてるのに煮え切らん態度のうちに、愛想つかしてもうてるんやろか。


 どっちにしても、あかん。

 楽しそうやないユウを見てると、胸が苦しい。


「……ごっそさん」

「ごちそうさま。京香、どうだった?」

「んー、まあまあやな。でも、屋台の方がうちは好きや」

「はは、俺も。でもまあ、そればっかだと、その良さにも気づけないってもんだよ」

「そんなもん、かなあ」


 うちはユウとばっかりおるけど、しっかりユウの良さを知っとるはず、なんやけど。


 って、なんの話やねん。

 ほんま、頭ン中ぐちゃぐちゃや。


「……ふう」

「京香、鼻先に汗かいてるぞ」

「あ、暑かったやん店の中。ユウこそ、額に汗かいてんで」

「確かに暑かったな。ええと、ハンカチ……」

「ん、拭いたるから」

「え、いいってそれは」

「遠慮しなや。ほら、別にあんたの汗くらいなんも思わへんわ」


 さりげなく、ハンカチでユウの額の汗を拭いて。

 それを雑にポケットへ戻す。


「あ、ありがと。京香、なんか最近優しいな」

「う、うちは昔から優しいやん」

「そうだな。京香は昔っから優しいな」

「……改めて言うなし」

「なんだよ、恥ずかしがることじゃないだろ」

「……」


 ユウに褒められると恥ずかしいねん。

 あと、ユウの汗がついたハンカチ、ポケットに勢いで突っ込んでしもたけど、めっちゃドキドキすんねん。


 ……うちの汗、拭かれへんやんか。


「京香、あれ見ろよ」

「ん? あ、ゲーセンやんか。なっついなあ」

「中学の時、よく行ったよな。久々に行ってみるか?」

「せっかくやし行こか」


 まだ変なドキドキがおさまらないまま、ユウに言われて駅前のゲーセンへ。


 休日とあって、家族連れとかがクレーンゲームの前でワイワイとしていて。

 奥のメダルコーナーでは物静かな大人たちが黙々とゲームをやっている。


「ふーん、結構広いなあ」

「地元のはさびれてたからなあ。店長さん、元気かな」

「うちが景品とれん時、よーサービスしてくれたもんな。そいや、あんとき一緒に取った景品、覚えとる?」

「ああ、よくわからん犬のキーホルダーだろ?」

「か、かわいいやんけあれ。今、めっちゃ流行ってるん知ってる?」

「そうなの? へえ、京香って先見の明があるんだ」

「た、たまたまやけどな。ほら、あれ見てみ」


 昔うちとユウが一緒にとった犬のキャラクターの、大きなぬいぐるみがクレーンゲームのケースの中に見える。


 当時は全く流行ってなかったそのキャラも、去年テレビで取り上げられてからなぜかブームになって。


 今はいたるところでそのグッズを見る。


「あ、懐かしいな。でも、でかいなあれは」

「ああいうのって、ネットで見たら結構ええ値段するねんで」

「ふーん。ほしいの?」

「ほ、ほしいわけちゃうけど……か、かわいいなって」

「それ、ほしいってことじゃん。よし、それじゃやってみるか」

「え、ええよ別に。お金かかるし」

「まあ金がなくなったら終わりだけど。そん時はかえって飯食べればいいだろ」

「せ、せやけど……」


 いつもユウは優しい。

 優しいから、こうやってうちの為になんでもよくしてくれる。


 ……ほんまにうちのこと、好きなんやな。


 そういうとこもまあ、うちも好きなんやけどな。


「とれなくても文句言うなよ」

「言わへんて。でも、期待してんで」

「プレッシャーかけんなよ。ま、やってみるさ」


 小銭を入れてクレーンゲームを真剣に見つめるユウの背中を見ながら。


 結果なんかどっちゃでもええって思いながらも。


 ユウがとってくれたそれがほしいなって。

 ユウと高校に入って初めて行った場所の記念のそれを部屋に置いておきたいって。


 思うんはわがままやろか。


 ……彼女やったら、そんなわがままも許されるんやろか。

 

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