第14話 空を見上げると
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「んー、風が気持ちいいな」
「ほんまやな。でも、もうすぐ夏や」
「夏休みは実家帰るだろ?」
「せやな。ユウも一緒に帰るやんな?」
「まあな。おばさんに色々聞かれるだろうし」
「う、うちはちゃんとしとるって言うてや?」
「わかってるよ。それに、ちゃんとしてるじゃんか」
京香の母親とは昔っから仲がいい。
というのも、うちの両親はずっと海外だから。
俺が中学にあがる時に父が仕事の関係で海外転勤になって、その時に母はついて行くか日本に残るか迷ってたけど、京香の母親が俺の世話をしてくれるって言ってくれて。
母も海外に行ってしまった。
まあ、仲はよかったけど寂しいとかはなく。
中学校の間は俺の母親代わりをずっと、京香の母がしてくれた。
だから今、一人暮らしの間はその恩返しもかねて京香の面倒を俺が見ている。
……ってことになってるけど、ただ単に俺が京香の世話をしたいってだけ。
他の奴にさせたくないって、それだけなんだけど。
「でもユウのおかんらはずっとかえってこんの?」
「まだ数年は向こうだって。ほんと、気ままな両親だよ」
「まあ、ええんちゃう? 仕送りでピザ食えるし」
「はは、そんなことしてるのバレたら仕送り減らされそうだから言えないな」
「確かに。二人だけの秘密やな」
「……だな」
夜道を二人で散歩しながらそんな会話が続いた。
そしてある程度家から離れた場所にくると、知らない公園が見える。
「へえ、こんなとこに公園あったんだ」
「夜の公園って、なんや不気味やんな」
「怖いのか?」
「こ、怖いとは言ってへんやろ。べ、ベンチでも座るか?」
「いいよ。ちょっと休憩だな」
ブランコに滑り台、あとはシーソーが一つあるだけの住宅街の小さな公園。
その端っこにポツンと置かれた木製のベンチに並んで座る。
見上げると、今日は満月だった。
「あ、満月だ」
「ほんまや。きれいやなあ」
「はは、月が綺麗、だな」
「? なんのこっちゃ。さっきうちが言うたやん」
「ま、知らないよな」
「あー、そうやってうちのことバカにしよるんはユウの悪い癖やで。なんや気になるから教ええや」
「なんでもないって」
「……ふん」
月が綺麗、ねえ。
そんなロマンチックな告白、してみたいもんだよ。
でもまあ、通じない相手にしても意味ねえか。
ちゃんと……次はちゃんと目を見て言いたいな、好きって。
「さて、帰るか。京香、びびってるし」
「び、びびってへんもん」
「じゃあ京香置いてトイレ行ってきていいか?」
「……あかん」
「はは、嘘だって。帰ろうぜ」
「いじわる……」
京香は案外怖がりだ。
昔一緒に行った遊園地のお化け屋敷でも、大声上げて泣いてたし。
夜道を二人でバイクで走ってた時だって、街頭が少ない場所は怖いからって、寄り付かなかったし。
そういうとこもまあ、可愛いんだけど。
……可愛いよって、言えないよなあ。
恥ずかしくて。
「さて、今日は帰ったら寝るか」
「あ、そういやユウの部屋に荷物おいたまんまや」
「じゃあ一回部屋に戻るか。でも、ゲームはなしだぞ」
「えー」
「明日ゆっくりできるだろ」
「まあ、せやけど」
少しつまらなさそうにする京香と一緒に、来た道を戻る。
そしてとぼとぼと歩いているとやがてアパートに到着。
二人で俺の部屋に戻る。
「ん、なんや歩いたらねむなってきたなあ」
「俺も、なんか疲れたよ。ふああ、寝るかあ」
「……寝る、やんな」
「ん? なんかあった?」
「え、ええと……んと、な、なんでもあらへん。ほな、明日朝またくるわ」
「ああ、おやすみ京香」
「……おやすみ」
京香は荷物を持って静かに部屋を出ていく。
今日も、無事一日が終わった。
そして明日は京香と休日デート。
楽しみしかない。
結局こうやって積み重ねていって、俺のことを好きになってもらうしか、京香と結ばれる方法はないんだろう。
……でも、あとどれくらい積み重ねたらいいんだろう。
窓の外が明るい。
今日は満月だ。
月が、綺麗だな。
♥
「……うちのアホ、いくじなし、いも」
部屋に戻って布団にくるまってつぶやくうち。
せっかくユウの部屋に戻る口実まで用意したのに、あと一押しでけへん。
こんまま、一緒に寝ん? って。
言えたら今頃、ユウの隣におれたかもしれんのに。
ユウの気持ち知ってても、まだこんなんやうちって。
「……なんやまぶしいなあ。月の灯りかいな」
窓の外に煌々と満月の明かり。
思わず窓を開けて空を見上げると、まぶしいくらいの月明かりに目を細くする。
「月が綺麗……って、なんのことやったんやろ」
思わず、さっきのユウの意味深な言葉を思い出してスマホを触る。
すると、月が綺麗という言葉の意味について解説しているサイトが一番上にあがる。
「ふーん、やっぱなんか意味あったんや。どれどれ……ん? え、え?」
その意味を知ってしまった。
ユウは、わかってて敢えてこの言葉を使ったのだろうということも、知ってしまった。
「……な、なんやこれ。か、かっこつけすぎやろあのあほんだら」
と、言いながらも嬉しかった。
ちゅうか燃えるくらい恥ずかしかった。
「……う、うちも使ってみよかな」
窓を閉めながらそんなことを思ってみたが、やっぱりこんなお洒落なセリフは自分みたいながさつな女には似合わへんと。
勝手に拗ねて、布団へ。
でも、明日はユウとデート。
はよ寝て、はよ起きて。
一秒でも長く一緒に過ごしたい。
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