第12話 どっかいくなあほんだら


「にゃーっ! なんで逃げてんねんうちのボケー!」


 部屋の布団にくるまって、大声でわめいて悶えてる。


「う、うちも、ユウのこと、む、昔っからす、好き、やで……い、言えるかー!」


 告白の練習をして、また勝手に燃える。


 絶対こんな恥ずかしいこと、言えへん。

 

「なんでユウはあんなにあっさり言えんねん……」


 ユウは昔っから優しいけど、いざという時は頼りにもなる。

 自分で蒔いた種でトラブルに巻き込まれたうちを庇って、やりとうもない喧嘩に付き合ってくれたり、うちを庇ってくれたり。

 いっつも、うちが悪いのに。

 笑いながら「京香が無事ならそれでいいよ」って。


「……好きになるわ、そんなん」


 もう、ユウが好きで好きでたまらない。

 この後、ユウに会っても今まで通りでいられる自信がない。


 はよこの気持ち伝えんと、変に思われてまう。


 ……今日は、このまま寝たことにしとこうかな。



「……寝たのか?」


 日が沈んだ頃になっても京香から連絡がこない。


 たまに寝落ちしてたって日もあるけど、今日もそれなのか。

 それとも、意図的に避けられているのか。

 わからないけど、タイミングがタイミングだけに俺は不安にさせられる。


 でも、勝手に風呂に行ってる間に連絡とかきたら京香も怒るだろうし。


「コンビニでも行ってくるか」


 京香からの連絡を待つ間、落ち着かない俺は一度外へ出る。


 そして、今日は一人で自転車を走らせてコンビニへ。


 やけに蒸し暑い。

 

 夏目前だから当然と言えば当然だけど、外にいるだけで汗ばんでくる。


 京香のやつ、また朝になって風呂行きたいってならないかな。

 まあ、明日は休みだからいいけど。


「ん、あれは?」


 コンビニについて自転車を止めていると、店の前でたむろする女子高生たちの姿が。


 その中には、今日もめたばかりの篠宮さんの姿もある。


 気まずくて、慌てて店の脇に隠れる。

 別に喧嘩したいわけじゃないし、もし立ち去る気配がなかったらこっそり帰ろうと。


 様子をうかがっていると大きなしゃべり声が聞こえる。


「なんなのよマジ。橘さん、ほんとムカつくんだけど」

「りこ、落ち着きなって。ていうか黒木君にマジになっちゃったの?」

「だって……かっこいいじゃん、彼。私、めっちゃタイプなんだもん」

「りこも惚れちゃったかあ。確かにいいよね、ちょっと暗い雰囲気もさ」

「ねー。でもほんとあの女が邪魔だわ。嫌がらせしても黒木君に嫌われるだけだし……ほんと、どうしたらいいのよ」

「でも、あんな公開告白があっても付き合わないってなれば、橘さんはその気ないんじゃないの? 普通、白黒はっきりつけるでしょうし」

「だよね? 私、黒木君にブスって言われないようにもっときれいになっちゃお」

「あらー、りこがキャラ変しちゃったー。でも、そういうギャップに男って弱いよねー」


 盛り上がりを見せる女子トークを聞いていると、どうやら篠宮さんは本気で俺のことが好きだったとわかる。

 

 かっこいい、というのはちょっと疑問だけど。

 実際、好きと言われて悪い気はしない。


 あれだけ腹立たしい相手からでも好意を寄せられると嬉しくなるんだから、京香も俺に好きと思われてると知ったら、普通嫌な気持ちにはならないと思ってたんだけど。


 彼女たちの言う通り、あれだけはっきり言っても避けられるっていうのは、その気がないと言ってるようなものなのかもしれない。


 そう思うと、急に気分が下がった。


 篠宮さんたちと絡むのが面倒ってのもあって、俺はこそっと自転車を走らせてその場を去った。


 そして蒸し暑い夜道を走りながら。


 一人で銭湯に向かった。



「……はあ」


 初めて、京香と別に風呂へ来た。


 相変わらず誰もいない大浴場を独り占めしながら、天井に立ち込める湯気を見つめる。


 時間を気にしないでゆっくり入るってのはいいことだけど。


 こんなに時間がゆっくり流れる感覚は初めてだ。


 時計を何度見ても、数分ずつしか刻まれない。


 この間にも、京香から連絡が来てるかもって思って何度か脱衣所へ行ってスマホを確認したけど、やっぱり来てなくて。


 あきらめて、長風呂。

 もう、来るわけもない連絡を待つのはやめよう。

 女々しい、というかしつこい。


 男なら、気長に相手の気持ちが自分に向くのを待つ時間だって必要だ。


 そう思ってしばらく。

 のぼせそうなくらい湯船に浸かっては体を冷ましてを繰り返して一時間。


 もう、汗も出きったところで風呂を出た。


「はあ……でも、明日は約束あるし。帰ったら寝よう」


 髪を拭きながらふと、スマホを手に取る。


 すると、


「あ、あれ……」


 着信が十件。

 ラインも十何通か来ていた。


 慌ててチェックすると、全部京香から。


 今どこにいるの? 

 風呂行こう?

 寝た?

 家、チャイム鳴らしたけど出ない。大丈夫?


 ずっと、そんな連絡ばっかりだった。


「やばっ」


 俺は焦って電話をかけなおす。


 すると、すぐに京香が出た。


「……もしもし」

「京香ごめん、寝てるのかと思って先に風呂に来ちゃってて」

「……早く出てきて」

「え? あ、ああもう出るとこだけど」

「早く、外暑い」

「外?」


 言われたところで、もしやと思って。

 すぐに服を着て外に飛び出すと。


 むすっとした表情で腕を組んで立つ京香の姿がそこにあった。


「京香……どうして」

「コンビニも行ってみたけど、おらんかったから」

「歩いてきたのか? 遠かっただろ」

「……寂しかったっちゅうねん」

「え?」

「う、うちほっぽらかして勝手にどっか行くなんてどういうつもりやねん。風呂行く約束してたやんか」

「そ、それは京香が連絡してこないから」

「ほな連絡しいや」

「……ごめん」


 拗ねた様子の京香に、頭を下げた。

 見ると汗もかいていて、髪もぼさぼさ。

 慌てて出てきた様子を見ると、申し訳なくなった。


「……もうええ。なあ、風呂入ってくる」

「あ、ああ」

「……待っててくれるん?」

「あ、当たり前だろ。お前、帰りの足ないし」

「うん。ほなちゃちゃっと洗ってくるから、待っててな」


 そのまま銭湯に入っていく京香は、しかし暖簾をくぐる手前でぴたりと足を止めて。


 チラッとこっちを見る。


「……」

「な、なんだよ。まだ何かあるのか?」

「……(ちゃんと待っといてや)」

「ん、なんか言ったか?」

「なんでもあらへん。ほな」


 そのまま京香は暖簾の向こうへ姿を消した。



「……あーもうなにやってんねやろ。うちストーカーやん」


 誰もいない大浴場で。


 天井を見上げながら一人つぶやくうち。


「でも、女と一緒やなくてよかった……」


 好きと言われても、まだ半信半疑。

 それに、ユウはモテるからうちが見てへんと女がうようよ寄ってくる。


 それをユウは知らん。

 なんせうちが邪魔な虫を払い続けてきたから。


「……ナンパとかされてへんやろな」


 外で待つユウのことが心配になって。

 さっさと髪を洗って風呂を出る。


 そして急いで髪を乾かしてから飛び出すと、そこには退屈そうにスマホを触るユウがいた。


「……おった」

「お疲れ、京香。いるに決まってるだろ」

「ま、まあ当たり前や。おらんかったら」

「怒り狂って暴れるだろ、お前」

「……(一人で泣くっちゅうねん)」

「ん?」

「え、ええから。それより、今日は勝手に風呂行った罰や。一個言うこと聞いてもらうで」

「はいはい、わかったよ。アイス奢りか? それとも飯?」

「……部屋でピザ、とりたい」

「あー、そういや一回出前頼んだな。いいよ、それじゃ帰ろう」

「……うん」


 帰りは二人で。

 

 いつものようにニケツして風を切る。


 銭湯までくる道中はあんなに長く感じたっちゅうのに、帰りはほんとあっちゅう間。


 ユウは何もしゃべってくれへんし、うちもなんも言えんかったけど。


 ずっと、ユウの背中を掴んで離さへんかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る