第11話 その気持ちに気づいたら


 ユウの好きな人がうちやって?


 うち、って言うたよな?


 京香が好きや、愛してるーって……いや、そこまでは言うてへんけど。


「ど、どないしよ……ばりばり両思いやん」


 保健室の手前で思わず声が出た。


 そして、中に入ると保健室の養護教諭をやっとる、椎名先生がいた。


 二十八歳独身の女性やいうけど、めっちゃ可愛いねんな。

 何回か話したけど、ほんま近所の姉ちゃんみたいやねん。


「先生どないしよ!」

「ど、どうしたの橘さん?」

「す、好きなんやって! なあ、どうしたらええのん?」

「お、おちついて。ほら、そこ座って」

「あ、すんません」


 前のめりになるうちの肩を抑えて、先生は対面の椅子にうちを座らせる。


「橘さん、また告白されたの? モテるのねえ」

「そ、そやないねん。あの、ユウに、ええと、好き、言われて」

「ユウ? それっていつも一緒にいる黒木君のこと?」

「そ、その黒木君や。あの、どうしたらええんや? ずっと片思いやておもてて」

「あら、それって両思いだったってこと? よかったじゃん、おめでとう」

「でへへ、せやねんうちめっちゃ幸せで……やなくって、うちちゃんと返事しとらんねん、どうしたらええの?」


 もちろんユウの気持ちを知ってうちは内心飛び跳ねるくらい嬉しいんやけど。


 肝心のユウはなぜかうちの気持ちを知らん様子。

 伝えてるつもりやったのに、なんや気づいてない感じやねん。


「そんなの、ストレートに「うちもユウがすっきゃでー」って言えばいいじゃん」

「い、言えるかいなそないはずいこと!」

「でも向こうはちゃんと言ってくれたんでしょ?」

「ま、まあ面と向かって、やないけど」

「うーん、そんなに難しく考えることじゃないと思うけどなあ。先生らの年齢なら、好きとか以外に仕事のこととか将来のこととか、色々考えること多いけど。学生だし、難しく考えずに付き合っちゃえば?」

「か、簡単に言わんといてえな。そ、それにもし告ってほんまはやっぱり違うねんってオチやったらどうしよとか、思うやん……」

「そんなこと考えてたら何も進まないわよ。んー、今度黒木君とデートとかしないの?」

「あ、明日の休みに買い物一緒に行く約束はしとるけど」

「じゃあその時でいいじゃん」

「せ、せやけど今日も一緒に風呂行って飯食うようにしとって、そん時はどない過ごしたらええの?」

「いや、それなら今日返事したらいいじゃない」

「き、今日はまだ心の準備ができてへんねん!」

「……橘さんって、案外乙女なのね」


 先生が呆れる。

 ごもっともやと、自覚はある。

 せやけど、うちはあまりに不測の事態に陥ってパニックやった。


 何を言われても、どう対処したらええかさっぱりわからん。


「なあ先生、うちの代わりに告白してえや」

「それだと私が黒木君と付き合うことになっちゃうわよ?」

「え、いややそんなん! そんなことしたら先生フルボッコやで」

「あはは、冗談よ。でも、ちゃんと自分の口で言いなさい。ずっと一緒だから距離感難しいのはわかるけど」

「……頑張ってみる。先生、ちょっと寝てかまん?」

「まあ、その調子だと授業も耳に入らないでしょうし。放課後になったら起こすから、ゆっくり寝て落ち着きなさい」


 先生はうちらみたいな半人前にも理解がある。

 すぐにサボりやとか、真面目に生きろとか、窮屈なこと言わんと学生の悩みに付き合ってくれるええ先生や。


 こない先生ばっかりやったら、うちらみたいにグレる人間もおらんなるんやないかな。


 てなことを考えながらベッドに横になる。


 ユウのさっきの告白が頭によぎる。


 すると、興奮したせいか体が熱くなって急にふわふわしてきて。


 うちはぼんやりと夢ん中に落ちて行った。



「……か」

「ん、誰や?」

「京香、放課後だぞ」

「……ユウ!?」


 目が覚めると、目の前にユウの姿があった。

 びっくりしてベッドから飛び起きる。


「大丈夫か? ぐっすり寝てたけど」

「……なんでユウがここにおんねん」

「椎名先生に言われて迎えに来たんだよ。また先生にくだらない話して困らせてないだろうな」

「くだらん話やないもん……」

「ま、いいけど。先生はちょっと出てるから、帰るぞ。歩けるか?」

「……大丈夫」


 ほんまは甘えたように「抱っこして」とか言えたら可愛いんかなあとか。

 あの篠宮のぶりっ子ならやるんやろうなあとか。


 考えながらもできるはずもなく。


 さっさとベッドから降りてユウと一緒に保健室を出た。


「まあ、午後の授業は大した内容じゃなかったから大丈夫だよ」

「そ。まあうちはどっちみち聞いてもわからんし」

「そんなんじゃ大学受験困るぞ。ほら、うちも京香のとこも進学しろってうるさいじゃんか」

「まあ、親の地元の関西に行ってみたいって気持ちはあるけど。大学……ユウは行きたいとこあるん?」

「別に。出世欲もないし、ぼちぼちでいいかなって」

「はは、ユウらしいなあ。うちも、おんなじやで」


 なんて話しながら学校を出てすぐ、住んでいるアパートが見えた。


 家が近いんは便利やなって思てたけど、もうちょっとユウとの下校道を楽しみたいのになあ。


 家帰って、風呂行って飯食って。


 うちはそれだけで毎日幸せやけどユウは……。


 ユウは……?


 あ。


「ゆ、ユウ、うち先に部屋戻るわ!」

「どうしたんだよ慌てて」

「ふ、風呂行く前に連絡するからほなな!」

「お、おい」


 寝て、勝手に頭ん中すっきりしとって忘れとった。


 ユウに、好きって言われたんやった。


 思い出した途端、さっきまで普通に見れていたユウの顔が見れなかった。


 ユウの隣を歩くだけでも心臓が爆発しそうで。


 走って先に部屋へ逃げ込んでしまった。



「……やっぱり、気まずいのかな」


 突然走り去って部屋に戻っていった京香を見ていると、少し寂しい気持ちにさせられる。


 幼馴染として、仲良くしようとしてくれてるのは伝わるけど。

 やっぱり俺の気持ちを知って、どう接したらいいか京香も戸惑ってるんだろう。


 なんて言えば、普通でいられるんだろう。


 好きだけど、付き合ってくれとは言わない、とか?

 いや、それもそれで気を遣わせるだけだもんな。


 実際、付き合いたいし。

 ……でも、京香には好きな人がいるから。

 今、京香にいくら気持ちを伝えても迷惑なだけなんだろうな。


 京香の恋の行方が決着するのを待つだけ、か。


 でも、それでその相手とうまくいったらもう……。


「その時は潔く身を引くしかない、よな」


 玄関先で呟いて。


 ベッドに寝転んでから、京香からの連絡を待つことにした。


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