第10話 下がってろ
♥
今、うちがこうやって甘えてる状況をユウはどないな気持ちで受け止めてくれてるんやろか。
幼馴染やからってだけ、なんやろか。
やけど、嫌ならここまでうちのわがままに付き合ってなんてくれへんよな。
ユウも、うちのことを幼馴染以上の気持ちで見てくれてるんやろか。
わからへん。
なんで黙ってんねん。
空なんか見んと、うちを見てえや。
……横顔、かっこええな。
♠
「ん、そろそろ昼休み終わりそうだから行くか」
「あ、ああせやな。ごめん、重かったやろ」
「京香は細いから」
「ラーメンばっか食べて、ブクブクなるかもやで」
「なってないだろ。そういや、もう手も痛くなくなったよ。ハンカチ、洗って返すから」
「ええって。でも、一応消毒だけしておいでや」
「はいはい。京香はそういうとこ、おばさんそっくりだな」
「世話焼き気質ってこと? おかんみたいにあーだこーだうるさないもん」
ずっと京香とくっついていたせいでアドレナリンでも出たのか、ほんとにさっきまでの手の甲の痛みはどこかに消えていた。
一緒に屋上を出て、教室へ戻る京香と別れて保健室へ向かう。
そして手の消毒だけ済ませてもらって一人教室へ戻ると。
少しクラスの雰囲気がおかしいことに気づく。
原因はもちろん、さっきの篠宮さんのようだ。
「あ、ちょっと黒木君!」
教室の前の方で女子数人に囲まれながらめそめそしている篠宮さんが、俺の姿を見つけると怒った様子で駆け寄ってきた。
そして金魚の糞みたいに女子が数人ついてくる。
「ねえ、さっきのひどくない? 私、黒木君の為を思って言ったのに」
「黒木君、りこのどこがいけないの? 学校でも一番可愛いって人気者のりこをフるってちょっとどうかしてるよ」
「黒木君、絶対騙されてるって。考えなおすなら今だよ」
篠宮さんも取り巻きも、必死に俺に訴えかける。
ただ、言われるほどにさっきの篠宮さんとの会話を思い出していら立ちが募る。
拳が、ズキッと痛む。
「……俺はさっき言った通りだから。答えは変わらないよ」
「なんなのよ、そこの女がそんなにいいの? ねえ、それならそうとここで言ってよ」
「な、なんでそんなこと言う必要があるんだよ」
「せめて納得させてよ。私より橘さんがいいって、はっきり言ってよ」
先に席に戻った京香の方を指さしながら、篠宮さんがクラス中に聞こえるように言う。
そして、クラス全体が俺に注目する。
「……それを言ったら満足なのか?」
「ううん、満足なんてしない。でも、私ならちゃんと黒木君の気持ち、受け止めるもん。あんないけすかない女とは違うって、それをわかって、よく考えて返事して」
じっと、大きな目で俺を見つめる篠宮さんは確かに可愛い顔をしてる。
そんな子に、ここまで言われたら誰でもそっちになびいてしまうんだろう。
届かない憧れより、身近な恋。
誰だって、苦しい思いから解放されたい一心で、こういう誘いに乗るんだろうけど。
……あいにく、そんな生半可な気持ちじゃないんだよ。
「俺は京香が好きなんだよ。だから下がってろ、ブス」
さっき、京香のことを悪く言ったことだってまだ許したわけじゃない。
それなのにこうやってしつこく寄ってきて、挙句の果てにいけ好かない女呼ばわりしやがって。
心が腐ってんだよお前は。
「ぶ、ぶす? わ、私のこと?」
「ああ、そうだよ。気持ち悪いんだよそのへらへらした顔。俺はそういう誰にでもケツ振る女が大っ嫌いなんだ。わかったらどっか行け」
「……そ、そんなにあいつがいいの?」
「ああ、そうだよ。何回でも言ってやるよ。俺は橘京香が好きなんだよ。見てたらわかるだろ、それでいいか?」
「……失礼するわ」
フラれたせいか、ブスと言われたからかは知らないが、今にも倒れそうな様子でふらふらっと篠宮さんは消えていった。
そのあとを追うように女子がわっと教室から出て行って。
俺は、静かになった教室の隅から京香を見た。
京香もこっちを見ていて、目が合ったままそっちへ行く。
「……京香、聞こえた?」
「き、聞こえたっちゅうねん。あ、あんなあユウ、冗談も大概にせんと」
「冗談じゃないって、お前が一番知ってるだろ。まあ、こんな形で言いたくはなかったけどさ」
「……ほ、ほんまなん?」
「今更だろ。ま、そんなことより明日の買い物、どうする?」
「……」
「京香?」
「う、うちちょっとおなか痛くなってきたから、保健室行ってくるわ……」
「大丈夫か? それなら俺も」
「こ、こんでええって大丈夫やから。ほ、ほな先生になんか聞かれたら言うといてんか」
「お、おい」
京香も、ふらふらと教室から出て行ってしまった。
まあ、今更ながら俺の気持ちを再確認して気まずくなったって感じなんだろうけど。
普通、俺のことを好きなら喜ぶ場面だろうし。
戸惑う京香の姿を見ると、やっぱり幼馴染以上でもそれ以下でもないのかな、と。
吐き出してすっきりした反面、どこか心にもやがかかっていた。
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