第8話 大切な人だから

 休み時間。


 さっきユウを怒らせてもうたと思って、恐る恐るユウに声をかけると「怒ってないよ。あと、昼はさっさと篠宮さんに話してくるから、飯食べる場所探しといて」って言ってくれて。


 うちはひとまず胸を撫でおろしながらトイレに向かった。


 すると、


「ねー、マジあの高飛車女から男とったろうかなって」

「きゃはは、りこってマジ性格終わってるよねー」

「趣味がNTRって、それでよく悪評でまわらないよね」

「だって私、その気にさせてポイだもん。簡単にヤらせてやるかって話よ」


 女子三人がトイレの前でちょっと危ないトークに花を咲かせていた。


 その中には、さっきユウに言い寄っていた篠宮さんの姿もある。

 

 ……ちゅうか、さっきと全然雰囲気違わへん?


 なんや面倒な感じやったから、引き返して別のトイレに行こうと。


 した時にまた、会話を聞いてしもうた。


「橘だっけ、あの茶髪女。なんか一部で評判みたいだけど、ああいう猫かぶったやつが一番ムカつくのよね。なんていうかさ、いい男連れて顔もよくてスタイルもいいから、ほしいもの全部持ってるから近寄らないで、っていう上から目線感じるし。マジああいうやつ泣かせてやりたいわー」

「りこってほんと心狭いよねー。でもさ、案外ヤンキーとかやないの?」

「んなわけないっしょ。それに多分やけど黒木君とあいつ、まだ付き合ってないわよ。どうせ橘がもったいぶってるんでしょ。そんなことしてるうちに私が彼をかっさらってやるのよ」

「後悔先に立たずー、ってやつね」

「そうそう、まあ昼休みに決めるわ」


 トイレに行くことも忘れて、立ち止まってその会話を聞き終えたあと、うちはそのまま教室に戻った。


 いろんな感情が混じっていた。


 篠宮が性格最悪だと知ったのは、うちにとっては別に悪い話やない。

 本当にいい子だった方が、不安やから。


 ただ、篠宮の言ってたことは少し複雑にうちの胸を締め付ける。


 なんでも手に入る?

 高飛車?

 もったいぶってる?


 なんやそれ。

 うち、大したもんももってへん上に、唯一、たった一つほしいって願ってるもんすら手に入ってへん。


 もったいぶるどころか、毎日ユウのこと考えて寝不足やっちゅうに。


 なんや、そんなふうに思われとったんかいな。


 ほんま、涙が出てくる……。


「……ぐすっ」

「お、おいどうしたんだよ京香」

「……え?」

「泣いてる、のか? ちょっと、こっちこい」

「ユウ……」


 席に座る前に、ユウが心配そうにうちを外に連れ出す。


 少し人目を避けたところで、ユウが足を止めた。


「なんだよ、トイレ行ったんじゃなかったのか?」

「……うち、高飛車なんやて」

「なんだそれ。てか、涙拭けよ。あと、目が真っ赤だぞ」

「うん……ユウ、昼休みやけど篠宮さんに会いにいくん、やめん?」

「……篠宮さんとなんかあったんだな?」

「まだ、なんもあらへん。でも、あの子と付き合ったらどないって言うた言葉はなかったことにさせて。あの子は、あかん」

「別に京香に勧められたからってその子と付き合ったりしないよ。まあ、どっちにしても無視は角が立つだろ。だからさっさと話終わらせるから」

「……うん、ほな今日は屋上いこや。涼しいし」

「わかった。じゃあ、待っててくれ」

「うん」


 ユウは昔っからこういうことへの察しはええ。

 うちが誰と喧嘩したとか、なんで不機嫌なんかとか、親に怒られた時やってすぐ気づいてくれる。


 やから篠宮になんか言われたくらいは察してくれたみたいやけど。


 でも、それやからなんやっちゅう話。


 彼女でもなんでもないうちと喧嘩したからって、それをユウがあの子に咎める理由もないわけやし。


 第一、ただ勝手に盗み聞きしてうちが勝手に傷ついただけやし。


 ……昼休み、変な話にならんかったらええけど。



「じゃあ、すぐ戻るから」


 昼休み。

 ユウは先に教室を出ていく。


 篠宮はそれより先に、教室を出て行っていた。

 その時ちらっとユウを見て微笑んだ彼女は、到底さっきトイレの前で高笑いしていた悪女には見えない。


 ああやってずっと、演技して男を騙してきたんやろな。

 でも、ユウがあない女に騙されるわけない。


 ……信じてる、つもりやけど。


「不安や……」


 先に屋上で待っててくれというユウの話も聞かず、うちはこそこそとユウの後をつける。


 そんで向かったのは今朝話していた通りの体育倉庫横の駐輪場。


 ここは昼休みやと人もおらんくて、よく告白とかで使われる場所やって話は聞いたことある。


 で、ユウがゆっくりそっちに歩いていくと、篠宮が嬉しそうに姿を見せる。


 うちはその様子を、そばの大きな木の陰から見守る。


「来てくれたんだ黒木君。よかった」

「あのさ、ちょっとこの後用事あるから用件だけ、聞かせてくれる?」

「もう、つれないなあ。わかるじゃん、こんなとこに呼んだ理由くらい」


 猫かぶっとんはどっちやねんって大声で怒鳴りたなるくらい、萌え萌えした声でかわいい子を演じる篠宮はポッと顔を赤くしてから、ユウにいつもの上目遣いで言う。


「ね、私と付き合わない? 私、初めて会った時から黒木君のこと、いいと思ってたの」


 予想はできていたことやけど、やっぱり告白やった。

 そんで、ユウが騙されるはずないって思ってても、ユウの返事を聞くまでの間、心臓が口から飛び出そうなくらい、緊張した。


 そんで、ユウが口を開く。


「……ごめん、その気はないよ」

「やっぱり、橘さん? でも、付き合ってないんでしょ?」

「そういう問題じゃない。それに京香は俺にとって大事な幼馴染だから」

「だから何? 私知ってるんだあ。あの子、結構他の男とも遊んでるんだよ?」

「何?」


 篠宮がとんでもないことを言いだして、うちは思わず飛び出しそうになったがなんとか踏みとどまった。


 うちが他の男と遊んでるやって?

 何しゃが言いふらしとんねんあのクソアマ。

 

 ……ユウ、ちゃうで。うち、遊んでへんで。


「あの子、結構ビッチって噂もあるしさ。幼馴染のことを悪く言うのは私も気が引けるけど、黒木君はもっとまじめな子と付き合うべきだと思うから」

「……俺の為を思っての忠告って言いたいのか?」

「そうそう。だからあんな女辞めて、私と付き合った方がいいって。私、なんでもしてあげるから」


 なんでもしてあげる。

 そう言われて、多分多くの男はいろんな期待を持たされて彼女に騙されたんやろな。

 そんで篠宮は平気でうそをつく女。


 ……マジ、ぶん殴ったる。


 もう、我慢の限界だった。

 ユウに何言われても、謹慎なってもええと。


 飛び出そうとした瞬間に。


 ユウの声と、大きな音が響いて、足が止まった。


「お前、京香のことを悪く言うなら俺が許さないからな!」


 そう言って、倉庫を思いっきりユウが殴った。

 ガンっと音が響くと篠宮の体はびくっと震えてのけぞる。


「な、なによ黒木君……そこまで怒らなくても」

「京香がビッチだと? それ以上何か言ってみろ、女だったって容赦しないからな」

「ま、待ってそういうつもりじゃなくて」

「どういうつもりでも京香を侮辱する奴は俺がぶっ殺す。気持ち悪いんだよお前のそのへらへらした顔。さっさと消えろ。さもないと」

「わ、わかったから! ご、ごめんなさい!」


 顔を真っ青にした篠宮は、腕を横に振りながら汚いぶりっ子走りで慌ててその場を去っていった。


 そして、さっき倉庫を殴った拳を見ながら少し痛そうにするユウを、うちはじっと見つめて動けない。


 胸の動悸が、今まで感じた中で一番、ひどい。


 心臓が飛び出そうとかじゃなく、もう心臓が破裂して死んでしまいそうなくらいドキドキしている。


「ユウ……」


 うちの為に全力で怒ってくれるユウを、ずっと好きだったけどさっきまで以上に好きになっていく自分がわかる。


 そんで、そんな彼を疑ってこんなとこまでついてきてしもうた自分が嫌になる。


 飛び出して、抱きしめたい。

 せやけど、そんなことしたらストーカーしてたんがバレてまう。


「……先、屋上で待ってる約束やもんな」


 ユウに気づかれへんようにその場を離れて、先に屋上へ走る。


 走りながら、ずっと体が熱かったのは走ったせいじゃないって、知ってる。


 もう、ユウのこと以外、考えられへん……。

 

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