第7話 バカなことを言うな


「今日は余裕があるな。でも、風呂が部屋にないのってやっぱ不便だ」


 銭湯から出て、京香と落ち合ったところでふと。


「まあ、風呂代混みでも圧倒的に安いんやし。親に金もろとるうちは文句言えんやん」

「まあそうだな。本来なら地元の学校に行けば余計な金もかからなかったのに」

「なんやうちが悪いみたいな言い方せんといてや」

「実際そうだから否定もしないけど、別に京香だけのせいじゃないだろ。俺も悪い。一緒になって遊んでたのは俺の責任だから」

「……うちが連れまわしてたやん」

「嫌なら断ってただろ。楽しいって思ってバカやったのは俺の責任だ」

「……嫌やなかったん?」

「まあ、そうだな。バイクで走るの、気持ちいいし」


 そんな話をしながら今日は、自転車を押しながら二人でゆっくり学校を目指す。


 そして少し早い時間に到着してしまい、駐輪場に自転車を置くと京香と少し時間を持て余す。


「今から教室行っても早いもんな」

「せやけど外おったら暑いし。先教室でのんびりしよーや」

「まあ、それもそうだな」


 まだ誰もいない校舎を歩いて、教室へ。


 俺たちのクラスは一階の奥にある。

 鍵は早朝に事務員さんが開けてくれているみたいで、俺たちはそのまま誰もいない教室へ。


 一番奥の窓際が俺の席。

 そしてその隣が、京香の席。


 なぜか張り付いたように、小学校の頃からこの席は変わらない。


 学年が変わっても学校が変わっても、ずっと一緒。


 ほんと、何かの呪いにかかってるようだ。


 どうせならそのまま、一生離れられない呪いをかけてくれたらいいのに。


「なあ京香、明日の休みだけど何かするのか?」

「ん-、部活も入ってへんしバイクも乗られへんからなあ。電車で隣町くらいに行ってみたいとは思っとるけど」

「隣町は結構栄えてるみたいだもんな。俺も行ったことないけど」

「ほんなら一緒に行く? うち、買いもんしたいし」

「荷物持ちかよ」

「えへへっ、あかん?」

「いいよ。いつものことだし」


 とかなんとか。

 明日の約束ができて少し俺は嬉しかった。


 明日も京香と一緒にいられる。

 そう思うと心が軽くなるが、しかし教室にぞろぞろとクラスメイトが登校し始めると、また余計なことばかり考えてしまう。


 この中の誰かが、京香の好きな人、なのかもしれない。

 そう思うと、うかつに誰かと話す気にもなれず。


 入学早々からそんな嫉妬をしているせいで、いまだに友達がいない。

 ほしいとも思わないけど、随分不愛想なやつだと思われてることだろう。


 ……ほんと、誰なんだよそいつ。



 よっしゃー、明日はユウとデートや!


 ……って、勝手に心の中で浮かれていると、クラスメイトがぞろぞろと。

 で、勝手に憂鬱な気分に落とされる。


 この中にユウの好きな子がおるんかもって思うと、あんまし誰とも話す気になれん。

 男子は論外やけど、女子かて今のうちからしたらみんな敵や。

 

 せやからお淑やかキャラなんちゅうゲロ吐きそうな演技しながら他人を寄せ付けないようにしてるっちゅうのもある。


 ていうかうちが喧嘩始めた理由かて、ユウのことやったし。


 隣の学校のヤンキー女が「黒木君、紹介してよ」って絡んできたからムカついてぶん殴って、ぼっこぼこにしたとこからうちのヤンキー生活が始まってもうた。


 まあ、スカッとしたんは本音やけど。

 あれ以来、ちょっとガラの悪い女連中がユウ目当てに学校に来るたびにうちが蹴散らしてた、知らんうちにヤンキー女になってもうてたし。


 バイクに乗るんかて、ユウがいっつも楽しそうにしてくれてたからつい調子に乗ってたって感じやし。


 結局、ユウに気に入られようと必死なんや。

 うちの健気な乙女心、どうやったら届くんやろか。


「あのー、黒木君」


 内心でそんなことばっか考えながらユウと話しとると、割って入るように女子が一人、ユウのところにやってきた。


 昨日の、篠宮さんや。


「は、はい。なんだろ?」

「ええと、ホームルームまで時間あるから、ちょっといい、かな?」


 照れた様子でユウにそう問いかける彼女の姿は、うちとはくらべもんにならんくらい女の子っぽくてかわいい。


 ただ、人が話をしてる最中に間に入ってその相手を呼び出そうなんて、図々しいんちゃう?


「い、いいけどここじゃ話せないの?」

「……黒木君って、橘さんと付き合ってるの?」

「え」

「え?」


 いきなりの質問に、思わずユウの声とかぶるようにうちも声が出た。


 ただ、うちの様子なんて見向きもせず、篠宮さんは前のめりに質問を続ける。


「昨日も、その前もずっと一緒みたいだし。でも付き合ってるとは聞かないから、どうなのかなって」

「お、俺たちがどうであってもそれは篠宮さんには関係ないんじゃない、かな」

「あ、あるよ。私、だって……う、ううんごめんなさい。やっぱりこんな話、朝からするのって迷惑だよね。あの、今日の昼休み、もし時間あるなら体育倉庫横で待ってる。そこでお話、したいかな」


 今にも泣きそうな顔で、頬を赤くしながら上目遣いでそう告げると、ユウは困った様子で「はあ」とだけ。


 そして篠宮さんはさっさと席へ戻っていった。


「……なんだったんだ、あれ」

「ユウ、朝からモテとんな」

「京香、からかうなよ。まあ、さすがにあの子が何を話したいかくらい、察しがつくけど」


 興味がないと言った様子のユウを見て、少し安心する。

 ただ、そのまま素直に「あんな女さっさと断り」って言えばいいのに。


「かわいい子やん。付き合ったりせえへんの?」


 と。

 バカな質問をしてしまう。

 

「……ありえないだろ。京香、それ本気?」

「べ、別に付き合ってる相手がおらんのやったらどうなんやろかーって思ただけやん」

「そんな軽くなれないよ、俺」

「せ、せやな。うん、ごめん」


 そしていじわるな質問に対して、真面目なユウは少し怒っていた。

 それを見てうちも口ごもる。


 気まずい空気が漂ったまま、何か言わんとって思ってるうちにチャイムが鳴ってしまった。


 そのまま授業になってしもうて、無言で板書をするユウを横目で見ながら。


 なんであんなこと言うてもうたんやろってずっと、後悔しっぱなしやった。

 

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