第5話 遠慮はいらない




「……ごちそうさま」

「うん、俺も御馳走様。京香、元気ないけどほんと大丈夫か?」

「別になんでもあらへん。それよか、息くさくないやんな?」

「別に。もしかしてそれ気にしてたのか?」

「せ、せやかてこっからまた一緒に帰るんにくさい女後ろ乗っけてるとか嫌やろ?」

「いつもやってることじゃんか。それに俺、気になったら別にはっきり言うし」

「……ほな、気にならんの?」

「気にならないし、別に京香をそんなことで嫌いになるもんか。ていうか、そういう遠慮される方が俺、嫌なんだけど」

「……ほんま?」

「嘘言ってどうするんだよ。俺はせっかく京香と外食してるんだから暗い顔してほしくないんだ」


 京香が笑うと、俺も嬉しい。

 京香が悲しい顔をすると、俺も辛い。

 京香が怒ると、俺はめんどくさいって思いながらも彼女の愚痴を聞く。


 それくらい好きなんだから。

 って、そこまでは言えなかったけど。


「……ほな、おかわり」

「え?」

「おいちゃん、ラーメンにんにくマシマシメンマ多めバリカタでもう一杯おかわりや!」

「あいよー、マシマシバリカタ一丁!」


 誰もいないのに一人で注文をリピートしてすぐに麺をゆで始める店主。

 

 それを見ながら少しむすっとする京香。


「何拗ねてるんだよ」

「拗ねてへん。せっかく我慢したのにっておもとるだけや」

「ダイエットなら必要ないだろ。京香、細いし」

「女の子はきれいでありたいっていっつも思ってるもんなんや」

「まあ、気持ちはわかるけど。俺はそのままの京香の方がいいけどな」


 それも本音。

 髪だって、目立たないために暗くさせたけど、昔みたいに金髪だったって京香は京香だ。

 そんな外見だけで彼女の評価は変わらない。

 って、それも言えたらいいんだけどなあと。


 少しあきれ顔で京香を見ていると、すぐにラーメンが一杯、京香の前に置かれる。


「あいよ、お待ちどうさん。嬢ちゃん、彼氏と喧嘩は肌に悪いぞ」


 俺たちの重い空気を察して茶化したつもりなんだろうけど、余計な一言だった。


「……彼女じゃないもん」


 ラーメンをすすりながら小さくそう言ったのを俺は聞いた。

 まあ、その通りなのだけど改めて京香の口からそう言われると辛いものがある。


 あくまで幼馴染。

 そして、京香には好きな人がいる。


 せっかく京香がいつもの調子に戻ったのに、また少し気まずい空気が漂う。

 それを察してか、店主は店の外へ逃げていった。

 無責任な大人だ、まったく。


「ずるずる……」

「京香、さすがに二杯目は多いか?」

「食べれへんことはないけど、ちょっと多いかも。ユウ、半分食べる?」

「いいけど、食べかけをもらっていいのか?」

「間接キスなんか今まで何回したんや。それこそ今更気にする方が変やろ」

「ま、そうだな。じゃあ半分くれ」


 前にあった取り皿に半分麺とスープをもらって。


 一緒におかわりラーメンをすする。


 さっきより味が濃い、にんにく香るそれはうまかった。


「ふう、さすがにお腹いっぱいだな」

「ほんま。調子乗ったわー」


 二人でお腹を抑えながらのけぞると、京香がチラッとこっちを見てくる。


「なんだよ」

「別に。うちが太ってもーたら、責任とってや」

「なんのだよ。それに、太ってないから大丈夫だって」

「……なあ、今日はもう帰る?」

「ん、まあ遅くなってもあれだし。どっか行きたいとこあるのか?」

「コンビニ。暑いからアイス食いたい」

「じゃあ寄って帰るか。ここは俺が出すから、アイスは京香の奢りな」

「へへっ、ほんならいこか」


 ラーメン三杯分を支払ってから、店を出て自転車に乗ると夜風が気持ちよかった。

 少し汗をかいた額がひんやりする。


 京香は、汗ばんだのかしきりに服を触りながら自転車にまたがるのをためらっている。


「大丈夫だって」

「……汗かいてるで?」

「はは、京香って暑がりだもんな。夜風で乾くだろ」

「そ、そんなんで乾いたらせっかく風呂入ったのに汚いやんか」

「まあ、それは確かに。それなら明日の朝も風呂、いく?」

「……行く。ほな、早起きせなあかんな」


 ぴょんっと自転車に京香が飛び乗ると、「ほないくでー」とテンションを上げる。

 

 やっぱり、気を遣っていたのだろう。

 俺の前でかしこまるなんて、やめてほしい。


 これでいいんだよな。


「ユウ、コンビニ行くの忘れんといてや」

「あ、そうだった。次の角のとこにしよっか」

「(帰りたない……)」

「ん、なんか言ったか?」

「な、なんでもあらへんて。ほら、もう着くで」


 角を曲がると、暗い住宅街の中にポツンと明かりが見える。


 コンビニの駐車場で自転車を止めると、京香は先に店の中へ。


 そしてついて行き、アイスコーナーへ。


「んー、どれがええかなあ」

「今日はお腹いっぱいだから小分けになってるやつにしたら?」

「えー、せやけど冷凍庫仕送りの冷食でいっぱいやもん」

「なら俺のとこに入れておくか? 別に空いてるし」

「ほんま? でも悪いわ。なあ、これ一緒に食べへん?」


 京香が手にとったのはモナカアイス。

 

「半分こか。いいよ別に」

「ほなこれで。なあ、昔コンビニでたばこ買おうとして怒られたん覚えとる?」

「しっかりトラウマだよ。しかも俺が京香をそそのかしたって話で決着したの、知ってるだろ」

「ほんまあの時はめんごやで。うちもちゃんと先生に言うたけど、どうしてもユウを悪もんにしたいって感じやったんよなあ」

「まあ、気まぐれだろ。それより早く買って帰ろう。遅くなる」

「うん、ほなこれ買ってくるな」


 さっさとレジでアイスを買う京香の姿を見ながらふと、昔を思い出してしまった。


 京香は自由奔放、唯我独尊って感じで何ものにも縛られない子だ。

 先生だろうが先輩だろうが言うことのひとつもきかない。

 なのに昔っから俺の言葉だけは素直に聞いてるとこがあった。


 それを先生たちも知ってて。

 彼女をどうにもできない苛立ちを俺にぶつけていたっけ。

 

 お前のせいだ。

 お前がそそのかしたんだ。

 お前に言われたからこうなったんだ。


 色々、めちゃくちゃだったな。

 自分らの指導力や求心力がないことの責任を中学生だった俺に擦り付けるなんて。


 まあ、そんなむしゃくしゃする日々だったから、京香と夜に走りにいくのが楽しかったってとこもあったけど。


 ほんと、損な役ばっかだな俺って。


「買ったでー……ってどしたんユウ、暗い顔して?」

「ん、なんでもない。ほら、帰るぞ」

「なあ、一緒に食うなら部屋行ってもええん?」

「まあ、いいけど。どうせゲーム目当てだろ」

「へへっ、うちの部屋ゲームあらへんから」

「ったく。きりのいいとこまでにしとけよ」

「うん」


 というわけで今日は俺の部屋に一緒に帰ることになった。


 もちろん寝る前には京香は自分の部屋に戻るし、部屋で二人っきりなんて生まれた頃からずっとそうだったから今更どうこう慌てることもないんだけど。


 今日の京香はちょっと違う。


 俺のベッドに勝手に座ってアイスを咥えたままゲームを始める京香は。


 日をまたいでも。


 帰ろうとしなかった。

 

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