第2話 あんたが悪いねん

「なあ、弁当作ってんけど」


 小さな声で俺の耳元で京香はそう言った。


「え、京香が?」

「な、なんやそないおかしい?」

「い、いや、だって……お前、弁当なんか作ったことないだろ」

「……寝れへんかったから気分転換にやってみてん。なあ、どっか人おらんとこ行こ?」

「あ、ああ」


 ちなみに俺が京香につれられてどこかに消えるところをクラスの連中は何度も見ている。

 ただ、地元の幼馴染だということで話は通っていて、それ以上誰も言及してこない。

 

 よほど不釣り合いに見えるのだろう。

 俺みたいなやつが京香レベルの美人と付き合ってるわけがないと。

 誰も俺を疑ったりしない。

 まあ、実際その通りなのが辛いところだが。


「なあ、どこまで行くんだよ」

「ええから黙ってついてきて。は、はずかしいねん」

「今朝から変だぞお前。今日はかえって寝た方が」

「そんなうちの弁当食べたないん?」

「京香?」


 どんなに悔しくても、喧嘩で負けても先生に叱られても泣いたことがない京香が。


 泣いていた。

 大きな目に涙をためて、潤む瞳で俺を見つめている。


「……ユウのアホ」

「なんでだよ。なあ、今日はやっぱり変だぞ」

「変にもなるっちゅうねん。ユウが変なこというから」

「何を言ったって言うんだよ」

「す、好きな人がなんやらって。あ、あんなん聞いたらきまずなるやん」

「……」


 やっぱり、俺が京香のことを好きだとわかって気まずくなっていたようだ。

 こうなるから、自分の気持ちは封印しておきたかったのにと、勇み足になってしまった昨日の自分を恨む。


 ただ、言ってしまった事実は消えないし、なんなら先にそんな話をしたのは京香の方だ。


「お前だって好きな人いるって言ってたじゃんか。お互い様だろ」

「せ、せやけど……うちに言われて、気まずかった?」

「まあ、そりゃあな。何が好きなんだよそいつの」


 こういう時、気持ちと発言は一致しない。

 本当はこんな話題膨らませたくないし、その先を聞きたいわけでもないのに。

 やけくそのように掘り下げてしまう。

 どうせ後で聞かなきゃよかったと後悔するのに。


「……すっごく優しくて、うちのことちゃんとわかってくれてるとこ、かな」

「ふーん」

「も、もうええやんか。この話はもう終わりや。ほら、弁当作ってきてんからさっさと食べえって」

「あ、そうだったな」


 京香のことをちゃんとわかってくれてる人、か。

 まあ、四六時中一緒とはいっても夜は勝手にぶらぶらしてる時だってあったし、そういう知り合いがいてもなんら不思議じゃない。

 

 ……いや、今は目の前の京香との時間を楽しもう。

 くよくよしててもどうにもならないし、俺の気持ちを知ったうえで京香は一緒にいてくれてるんだから。


「ど、どやろか? 初めてのわりに結構うまくできた思うんやけど」

「どれどれ……ん、これは?」


 廊下の隅の踊り場で並んで腰を下ろして、渡された弁当のふたをとると。


 一面、真っ黒だった。


「の、のり弁ってやつや。結構コンビニとかでも売っとるやん?」

「いや、あれって海苔以外のおかずもまあまあ入ってる気がするけど」

「じ、時間なかったんや。指、切ってもうたし」

「……なんか京香らしいな。うん、いただくよ」


 もちろん味は想像通りというか。

 海苔とご飯。

 ただ、それだけのシンプルなもの。


 ただ、


「うまいよ。京香が頑張ってくれたってだけで」

「ほ、ほんま? こ、これから毎日食べたいとか、そういう系?」

「毎日のり弁ってのはちょっと勘弁だけど。作ってくれるのか?」

「ま、まあうちもそろそろ家事せなあかんでっておかんに言われとるし。うちの料理の練習に付き合ってくれるっちゅうならかまへんで」

「とか言いながら、好きな人のために料理覚えたいとか、そういう話なんだろ?」

「……(わかっとんならきくなやドアホ)」

「え、なんて?」

「なんでもない。とにかく、うちが弁当作る間はちゃんと毎日食べてもらうから。わかっとる?」

「わかったよ。で、京香の昼飯は?」

「あ」

「ほんとそういうとこ抜けてるなあ。ほら、箸はあるから半分にしよう」

「……なんやごめん」

「いいって、元々京香が作ってきてくれた弁当なんだし」

「うん。ほな、一緒に食べる」


 仲良く弁当を分け合った。

 まあ、こういうのは幼馴染の特権かな、と。

 ただ、いつか京香は俺じゃない誰かとこういうことをするのかなって。


 思ってしまい、なんだか切ない気持ちにさせられて。


 昼食を終えた。



「黒木君、ちょっと時間ある?」


 放課後、俺のところに珍しく女子が訪ねてきた。


 ていうか入学してからも京香としか一緒にいなかったため、苗字で呼ばれたのすら久しぶりで一瞬戸惑った。


 黒木優くろきゆう

 俺のことフルネームで知ってるやつなんてこの学校に何人いるんだろうとか、くだらないことを考えていると目の前の女の子が不思議そうに俺を見ていた。


「あの?」

「あ、ごめん。ええと、君は?」

「私、篠宮りこです。ええと、ちょっと時間ある?」


 ふわっとした印象の随分かわいらしい子だ。

 こんな子がクラスにいたんだと、思わず見蕩れてしまったがすぐに京香の方を見る。


 今日は昨日の反省を活かして一緒に帰ってすぐに風呂へ行こうという話になっている。

 だからあまり待たせるわけにもいかない。


「まあ、ちょっとだけなら。ここでいい?」

「あ、忙しいんだ。ええと、それならまた後日でもいいよ? ゆっくり話したかったから」

「そ、そう? うん、それじゃまたにしてくれると助かるかな」

「うん。じゃあね黒木君」


 あと腐れなくニコニコと手を振って去っていく篠宮さんはまるで天使のようにかわいらしかった。


 実際、彼女を見て「かわいいなあ篠宮」とつぶやく男子たちの姿も。

 京香以外の女子に興味がなさ過ぎて知らなかったけど、随分人気者のようだ。


「へえ、ユウってああいう子好きなんや」


 で、すぐに京香がやってくる。

 こういうからかいも中学までならしょっちゅうだったが、今日はどうもテンションが低い。


「いや、はじめましてだよ。なんだったんだろ」

「そんなんユウを誘おうと思ってたに違いないやん。あんた、そない鈍感なん?」

「俺を? まさか、そんな女子がいたら教えてほしいって」

「……ほんま自分が見えてへんねんな」

「ん、なんだよ?」

「なんでもない。ほら、はよ帰るで」

「あ、ああ」


 今日は一緒に教室を出る。

 ただ、不思議とクラスの連中は俺と京香が一緒に帰っていても何も言ってこない。

 やっぱり俺なんかが京香の隣にいたところで、彼氏には見えないんだろう。


 そう思うと、ちょっとだけ自分が憎かった。


 窓ガラスに映る自分の顔を見ながら、悪い顔はしてないのになあと。


 ため息ばかりこぼす帰りとなった。

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