元ヤンの幼馴染にある日突然好きな人がいるかと聞かれて、「いるよ」と答えたらなぜか様子がおかしいんだが。
天江龍
第1話 幼馴染
「うっせえなタコッ!」
今日も威勢のいい叫びが廊下の隅でこだまする。
先ほど教室で男子から告白された京香が、苛立ちを隠せずに荒れているところだ。
「うちには好きな人がおるっていうとるやろ! しつこいねんマジで」
「なあ、イライラするのはわかるけどなんで俺までついてこないといけないんだよ」
「ごちゃごちゃ言いなや。見張りいるやろ」
「そんなに見られたくないなら学校では我慢しろって」
「あんなキモイ告白されて腹立たん方が無理やっちゅうねん。あー、まじ吐きそ」
艶やかな茶髪が腰まで伸びた、細身の美人。
大きなつり目ときれいな鼻筋はまるでハーフのようで。
色も白く、学校では「学園の天使」なんて呼ばれているこいつだけど。
中学までは有名なヤンキーだった。
思いっきり無免許でバイクを乗り回し、木刀を振り回していた喧嘩っ早いこいつは何度も喧嘩で謹慎を喰らって。
そのたびに連れまわされていた俺まで一緒に叱られて。
気が付けば二人とも内申点は最悪。
地元では進学できる学校が残っておらず、泣く泣く県外の学校を受験したという経緯で今、ここにいる。
地元から隣の県の私立古賀高校になんとか入学できるようになった俺と京香は、入学前にある約束をした。
絶対に二度と喧嘩しないこと。
彼女のせいで散々振り回された俺は、しつこく京香に言った。
そして京香も、それを了解した。
で、入学早々にキャラ変更。
元々金髪だった髪を少し暗くして、スカートも膝が隠れるくらいに長くして、読みもしない本を片手に持たせ、お淑やかキャラを演じさせてみたところこれが大うけ。
元々とびぬけた容姿の持ち主だったこともあり、すぐに学校で評判となった。
で、天使なんて大層な呼び名までつけられてもうすぐこの学校にはいって二ヶ月が過ぎようとしてるけど。
もちろん根っこは何一つ変わってはいない。
むしろ日頃の我慢でストレスはたまる一方だ。
「ここまで来たらもう、京香がヤンキーだってことばらした方が楽じゃないかってすら思えてきたよ」
「なんよ、最初にそうしろって言ったのはユウのほうやん」
「そうだけど。毎日お前の憂さ晴らしに付き合って昼飯食べ損ねるの嫌なんだよ」
「うっさい幼馴染なんやからそれくらい付き合えし。それにうちのオカンとも約束しとったやんか、ちゃんと面倒見るって」
「言ったけど……まあ、ほどほどにしてくれよ」
お察しだろうが俺と京香は幼馴染。
しかも腐れ縁もここまでくれば呪いのレベル。
生まれた日も一緒、病院のベッドは隣、幼稚園から今までずっと一緒のクラスで席は隣、実家も隣、学校が勝手に決める委員会とか掃除当番とかもなぜかずっと全部一緒。
親同士も仲が良く、昔っから素行の粗い彼女の保護者役はずっと俺だった。
だから喧嘩をする時も夜の街を走る時も俺はいつも一緒。
ただ、幼馴染だからといって別にそこまでする義務はないだろうと言われれば、まあそれはその通りで。
勝手に俺がやってるっていうのもある。
つまり、なんだ。
京香をほっとけないのである。
好きだから。
「あー、吐き出したらちょっとすっきりしたわ。ごめんユウ、今日の帰りはなんかおごる」
「まあ、別にいつものことだからいいけど。ていうかさ、お前ってほんとに好きな人いるの?」
「え、何や急に? お、おったらあかんのん?」
「そうは言ってないけど。嘘だとしたら、バレてるんじゃないかなって。だから男子たちが毎日告白しにくるのかなって」
「うちの言葉に信ぴょう性がないっちゅうこと? 失礼やな、ちゃんとおるっちゅうねん」
「そっか。まあ、それならいいんだけど」
そして京香には好きな人がいる。
それを始めて聞かされたのは高校に入ってすぐのこと。
もちろん、それが俺だという可能性は考えないこともなかった。
けど、それ以上は聞こうとしてもはぐらかすし、俺も怖くて詳しく聞けなかったというのが本音である。
もし違ってたら、もう今まで通りの関係ではいられないだろうし。
第一、毎日四六時中一緒にいても女の子らしい仕草の一つもとらず、俺の機嫌をとることもない京香が俺のことを男として見てるなんて、やっぱり考えにくい。
だから踏み込んだことは聞けなかった。
今も、ほんとはそんな人いないっていう答えを期待してたが。
やっぱりいるんだ。
そう思うと、ちょっと胸が苦しい。
「そういうユウは、おらんの?」
「え、なにが?」
「好きな人。うちだけ答えるんはフェアちゃうやん」
「……まあ、いるけど」
何度告白しようかと考えたことか。
でも、同じ理由でそれもできていない。
ただ、俺にだって好きな人がいることくらいは知っててほしいと。
この際、自分の気持ちくらいバレてもいいかなと。
何気なくそう答えた。
すると京香は驚いた顔で迫ってくる。
「そ、そうなん? ど、どんな人なん?」
「なんでそこまで言わないといけないんだよ。京香は聞いても言わないくせに」
「せ、せやけど気になるやん。なあ、どんな人なん?」
「……細くてきれいで、ちょっと手のかかる人だよ」
俺が誰か他の女子と仲良くしてるなんてことは、今まで一度もない。
なんせ京香がずっと近くにいたからだ。
だから、ここまで言えばさすがに察しの悪い京香でもわかるかなと。
しかし、俺が期待した反応はかえってこなかった。
「……そうなんや。そ、それじゃうちが毎日ユウを連れまわしてるん、迷惑やんな」
「なんでだよ。いつものことだって言ってるじゃんか。俺は別に」
「いや、ユウに悪いもん。ごめん、今日はやっぱ一人で帰るわ。じゃ、先に教室戻る」
「あ、待てよ」
明らかに困った様子で、京香は先に教室に戻っていってしまった。
……やっぱり、俺が京香を好きだってことは迷惑だったのだろう。
思い切ってみたけど、やっぱり思い切らない方がよかった。
「……最悪だ」
俺は、つい数分前に戻りたいなんてセンチメンタルな気持ちになりながら重い足取りで教室へ戻っていった。
◇
「ただいま」
住まいは学校のすぐ裏にあるボロアパート。
ご丁寧に京香と隣の部屋で、六畳一間の風呂すらついてないところだ。
ここに越してきてからは毎日京香と一緒に帰ってきて、夜になると近くの銭湯に通うのが日課だった。
ただ、それももう終わりのようだ。
昼休み以降、京香とは一度も目が合わないままだったし、授業が終わると彼女はさっさとどこかに消えていた。
そして放課後、いつもなら裏門で待っている京香の姿はなく、帰ってからもライン一つこない。
完全にフラれたなこりゃ。
あーあ、ずっと知らん顔で幼馴染やってりゃよかった。
でも、いつかこういう日がくるんだろうと覚悟はしていた。
京香は超がつく美人だし。
ヤンキーやってた時だって、お淑やかキャラの今だって、彼女は魅力的でいつも周りには大勢の人間がいるし。
俺はただ幼馴染ってだけで一緒にいたけど。
それしかない。
顔も普通、度胸もなく、勉強だって京香よりできるってだけで大したことない。
そんな俺を彼女が好きになるわけがないと。
一人で部屋の天井を見上げながらこの夜は泣いた。
辛い、ということ以外何も覚えていない。
そして、気が付けば眠っていて。
朝になった。
「……はあ、学校行きたくないな」
起きてもずっと無気力だった。
ずっと好きだった幼馴染にフラれた翌日だから当然だろうけど。
いつもなら京香が迎えにきてくれて、たまに朝飯も一緒に部屋で食べてた頃が懐かしい。
あの頃に戻りたいなあ……。
『コンコン』
感傷に浸っていると、ドアをノックする音がした。
もしかして京香かなと。
期待と不安が入り混じる中、恐る恐る玄関を開けると。
「……ユウ、おはよ」
「京香……おはようどうしたの?」
目の下が真っ黒になった、明らかに寝不足の京香がそこにいた。
「寝れへんかった」
「な、なんでだよ。まさかお前バイクで」
「ちゃんと家おったもん。せやけど、ユウが連絡くれへんかったし」
「だ、だってそれはお前が」
「う、うちも結構手がかかる女やで? ほら、朝飯作ろ思たら指切ってもうたし。夜道かて、ユウがおらな歩けんから風呂いけへんかったもん」
「き、京香?」
「ユ、ユウに好きな人がおるんはわかったけどそれはそれやん。うちら幼馴染やん? せやからやっぱり、今まで通り仲良うできん?」
京香の目に涙が滲んでいた。
どうやら、京香も京香で俺を必要だとは思ってくれているようだ。
まあ、あれだけずっと一緒だったからいきなり疎遠になんて、なれないもんだよな。
それだけで俺は、さっきまでの暗い気持ちが少し晴れた。
「俺は全然。京香を放っておいたらおばさんに怒られるし」
「お、おかんのことは今はええやんか。それよか、お風呂入りたい」
「じゃあ今から銭湯いくか。朝からやってるし」
「ええの?」
「何がだよ。俺はいいに決まってるだろ」
「……うん、じゃあ準備してくるから待ってて?」
慌てて部屋に戻っていった京香は、タオルや着替えを持ってすぐに戻ってきた。
その時の嬉しそうな顔は、いつになく可愛かった。
今はバイクは封印している。
だから俺の自転車でニケツ。
まあ、これもよくない行動だけど昔に比べりゃ可愛いもんだと思ってくれ。
「へへっ、朝から風呂やなんて変やな」
「風呂入らずに学校なんて行けないだろ」
「汗臭い? あんま近寄らんほうがええ?」
「んなわけないよ。しっかり捕まってろ」
「……うん」
いつになく女の子らしいというか大人しい京香は、風呂に着くまでの間も静かだった。
いつもなら毎朝男子の愚痴とかを汚い言葉でギャーギャーいいまわっているのだけど。
今日は寝不足だからか?
「じゃあ十分後な。あんま時間ないから洗ったらすぐ出ろよ」
「ユウは髪短いから乾かす手間なくてええよなあ」
「男子だから仕方ないだろ」
「うち、髪の量も多いから乾かすん時間かかるし。手間ばっかかかるやろ?」
「昔っからだろ」
「手間かかる女、好きなんやろ?」
「何の話だよ。早く入らないと時間ないぞ」
「……ちゃんと待っててな?」
なぜか名残惜しそうな京香を置いて俺はさっさと男湯へ。
朝の風呂には誰もおらず。
俺は体を洗ってさっさと出て、風呂の前で京香を待つ。
約束の時間を過ぎたあたりで、京香はまだ少し髪が濡れたまま制服姿で出てきた。
「ごめん、のんびりしてもうた」
「おいおい、早くしないと遅刻だぞ」
「え、やばっ。ユウ、はよはよ」
「わかったから早く乗れ。行くぞ」
銭湯から学校まで約十分。
ただ、まっすぐ行けばの話。
さすがに清楚キャラを通している京香が男とニケツなんて見つかったらせっかく今まで積み重ねてきた京香のイメージが崩れてしまうから。
迂回して人がいない道を通っていると。
「あ、チャイムだ」
「あー、やってもうた」
「遅刻だな。あーあ、ほんと京香のせいで遅刻って、中学以来だよ」
「……やっぱこんなうちやと、迷惑?」
「だから今更だって。なんか今日はやけにネガティブだな。らしくないぞ」
「……せやかて、しゃーないやん」
「?」
「ほら、はよいかな。もっと遅刻なるで」
「あ、ああそうだな」
この後、京香が遅刻した原因は「家の鍵が壊れたため」と。
そして俺の遅刻理由は聞かれもせずに「寝坊」とされた。
まあ、同じ遅刻なので理由も何もないが。
日ごろから大人しく真面目で通っている京香の遅刻にクラスはちょっとだけざわついたりしたが。
俺がざわざわさせられたのは、昼休みに俺のところにやってきた京香に、だった。
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