第4話 出会い

 これが日本に生まれた喜びというものであることを改めて認識することが出来た瞬間でもあったと思う。それと同時に心奪われている自分に気づくこととなった。そしてそれを自覚すればするほど隣にいる双子の魅力にも気付かされることになる。彼女らもまた美しいということに。


「凄いなこれ……こんな場所があったなんて知らなかったよ」

「ふふん♪ そうだろうとも思ってここに連れて来たんですから! 私たちに感謝して下さいね~?」


 胸を張ってドヤ顔をかましてきた千鶴からはそこはかとないポンコツの香りを感じた。その証拠に見つめてくる視線が何かを訴えかけているような気がしないでもないからだ。


「感謝しますとも。ありがとうございます」

「えへへぇ♡」


 素直に感謝の意を伝えたことで上機嫌になった彼女が抱きついてきてスリスリし始めたことに関しては何も言わないことにしておいた。千鶴は三人きりだとこうして甘えん坊になり、スキンシップを取ってくることが多いんだよなぁ……可愛いから許してしまうんだけど。……というわけで車の中でのやりとりの後すぐに外に出ることになる。ちなみに天音は先に降りた後で、こちらに手を伸ばしながら待っていたりしていたりする。相変わらずあざとく振る舞う天才であると言えよう。

 手を握り返せばそのまま引っ張られる形となり駆け足気味になってついて行った先は大きな一本の木の前だった。ここが今回の目的の場所となるだろうことは予想がつく。木の下にシートが敷かれており座れるようになっている辺り準備が良いものだと感じたりしたものだった。

 周りには人っ子一人いなかった。


「こういう時期って人が結構いるものだと思っていたんだけどな」


 辺鄙な所とはいえ、オレたちの他に誰もいないのは不思議でしょうがなかった。


「貸切にしました。害虫たちに邪魔されたくなかったので……」

「他の奴らがいたら目が腐っちゃうよ」


 オレの疑問に、彼女たちは雪のような冷たさを秘めた声で答えてくれた。害虫とはオレ以外の全人類を指しており、

そこに一切の情けをかけるつもりはないと言いたいかのように……。……何それ怖い。二人揃ってヤンデレ属性でも持っているんじゃなかろうかというレベルである。まあそれだけ愛されていると考えればいいのかもしれないけれどさ? なんかこうゾクッとするものがあるよね。

 まあ、オレは騒がしいのより静かな方が好きだから問題無いと言えばそれまでだけど。


「今日はゆっくり楽しめそうだな」

「はい!」

「うん!」


 辺りに咲き誇る桜の花は、風に吹かれてひらりと散っていく姿はとても美しく見えて見惚れてしまいそうになるほどだった。しかし同時にこの一瞬にしか見ることが出来ないものだと思うと寂しさを感じざるを得ないものでもあったのだ。だからこそ今この時を大切にしたいと思った次第であった。

 彼女たちは桜をじっくり見るのが初めてなのもあり、とても目を輝かせていて綺麗なものを見るように眺めていたのだが、特に気に入ったものがあったようである。


「お兄さんの髪の毛みたいだね」

「はい、ふわふわと舞い降りる様が、まさに天使の羽のように思えてきます」


 恥ずかしくなるようなセリフばっかり言うもんだから顔熱くなりすぎて火傷してしまいそうである。

 きっと今の自分ならば赤面していることであろうことが想像できるくらいなのだから相当重症であることはもはや明白だ。

 加えて美少女から放たれている言葉であり、その事実を反芻するとさらに体温が上昇していく一方だ。

 これはマズいと悟ったため話を逸らすことにした。このままでは悪戯好きの天音辺りに弄られてしまうに違いないと考えたためである。故に話題を変える必要があったのだ。


「せっかくだから写真を撮らないか?」

「いいですねぇ〜」

「賛成だよ〜!」


 という訳で撮影タイム。自撮り棒を使って姉妹それぞれのツーショット写真やみんな一緒に撮ったものをスマホに収めていった。


「ゆったりと見る桜はまた格別ですね……」

「ああ、風流という言葉がよく似合う風景だな」


 ただただゆっくりと流れる時間を楽しむだけで良いというのがどれほど素晴らしいことであるかを噛み締めることになった一日となっている。双子と再会するまでのしみったれた人生が、この一日だけで色鮮やかに変化していく様に驚きを覚えるほどだ。

 空を覆い隠さんとする桜色の情景はどこまでも広く広がっていて壮観そのものと言えるものであった。

 春になると必ずと言ってもいい程思い出すことがある。

 あれはまだ小学校に入学する前の頃のことだっただろうか。両親が忙しくて家に居なかった時に近所の友達の家に遊びに行った時のことだ。そこで見たものは庭一面に広がる菜の花畑。黄色の絨毯を思わせるそれらは幼い自分の心を魅了するには十分過ぎるほどであったのだ。それ以来毎年この時期に訪れるようになったっけかな。そんな懐かしみに浸っていた時のことである。


『ねえ』


 後ろの方から声をかけられたので振り向いたそこには一人の女の子がいた。白いワンピースを着て麦わら帽子を被った可愛らしい少女であった。銀髪に赤眼という変わった外見をしており、外国人の少女なんだなって印象を受けた記憶がある。

 彼女はニコニコしながら話しかけてきたんだ。


『あの、この近くにアンティーク工房がありますよって教えて欲しいのですけど知りませんでしょうか』


 なんと言うべきか迷ってしまったものである。見た目的に明らかに日本人じゃないのに、あまりに流暢に日本語喋っていることに違和感を覚えてしまったせいでもあると思う。それに小学生だからアンティークとかよく分からんかったっていう理由もあるかも知れん。

 結局どうしたものかと思い悩んだ挙句、とりあえず記憶にあったそれらしい場所に連れて行った。


『ありがとうございます!』


 割と適当な案内だったが、偶然にもあの店が彼女の言っていたアンティーク工房に合致していたようで、無事目的を果たすことが出来たようだ。店の中に入り品物を見ている様子は非常に嬉しそうにしているように見えたもので、連れて来た甲斐があったものだと安堵した。

 彼女は子供にもかかわらず大量の札束を持っており、辺りには黒づくめの男が数人控えていることに気付いた時は思わずギョっとしてしまったものだが……後から考えるとその日を境に彼女と出会うことは無かった気がする。そもそもどうしてあんな所に子供一人で来ていたのかということ自体が謎めいたものではあるが……おそらく何らかの事情を抱えている子だったのでは無いかと考えている。

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