55 ずっと一緒に
竜の攻撃は、最も大きいものは妖精王が吸収という形で止めてくれたため、城への影響はほとんどなかった。が、あれだけ大きなものがやってきたということもあり、少なからず痕跡は残っていた。
さらに、前宰相が国を滅ぼそうとしていた跡がそこかしこに残っており、体制を立て直すには数年はかかると見込まれた。
国王陛下直属の近衛兵として育成された一番隊は、ほぼ宰相を崇高していたため、自動的に解散を余儀なくされた。これにはアルフレッドが強い反発を示したのだが、組織としては解散せざるを得ない状況だった。その中でも新たな王に従えるという者のみ、アルフレッドの直下の部下として引き上げることとし、アルフレッドもこれで納得した。
テオは政治に関してはほとんど知識を持たなかった。
いや、知識に関しては人一倍あった。父に関心を示してほしくて、必死に勉強をしていた時期があったのだ。努力は父には届かなかったが、数年経って役に立つ日が来るとは思わなかっただろう。
それに加えて、ホワイトタイガーに身を変えていた時に、テオは動物たちから国のあらゆる場所の情報を得ていた。それは人間からでは得られないものも多く含まれた。何より速く、さまざまな場所における情報を得られていたということは再建に優位に働いた。
実際、数年かかるはずの再建は、数ヶ月程度で成し遂げられたとか——
***
王都から少し離れた場所に、森があった。人里からも離れたこの森には、動物たちや森の妖精が静かに暮らしていた。
「もう! せっかくきれいに髪伸ばしたんだから、可愛くしとかないなんてもったいないわ!」
——静かに暮らしていた。
宰相が森のふもとに火を放ったことで、森も復興を必要としていたのだが、代理を任されていたはずのフェリルがテオと王都に行っている間に、リネットとエリーがほとんど完了させていた。そのことがまたフェリルが妖精王から怒られる要因となってしまうのだが、フェリルが100%悪いので、大人しくお説教を受けていたとか。
「結ぶ」
「可愛くする」
リネットとエリーが慣れたように金色の髪に触れた。左右それぞれで少しずつ髪の束を持ち、今日はどんな髪型にしようかと相談している。
『何か来た』
『ラナを探してるみたい』
『真っ直ぐこっちに来る』
『誰か来る』
髪型をハーフアップの編み込みにすることが決まったところで、森がざわつき始めた。
ラナの反応が遅いのは今に始まったことではなく、声が聞こえているだろうリネットとエリーも気にする様子もなく、編み込みを進めている。
いつの日かの既視感漂う動物たちの声に、あの時失態をしでかしているフェリルも落ち着いている。声が近づいてもなお、そちらを見ようともしない。
『ラナ、誰か来た』
『僕たち案内してないのに、真っ直ぐ来た』
動物たちの声と同時に物音がした。ガサガサと草木を揺らし、影から何かが現れる。
妖精たちが物音がした方へと視線を向けた。ラナも遅れてそちらに目を向ける。
「ラナ」
声の主の姿は逆光になっていてシルエットしか見えなかった。ただ、その声は聞き覚えがあった。懐かしさに、ラナは鼻の奥がツンとなる。
「テオ……?」
「ラナ、ただいま」
影から日の当たる場所に出た人物の姿が明らかになる。少し髪が伸びたようだが、間違いなくテオだ。
呆然としているラナの近くまでやってくると、テオはしゃがみ込み、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「テオ? 本当にテオなんですか?」
「そうだよ。本物だよ」
テオはラナの手を取り、自分の顔の方へと持っていくと頬にラナの手を触れさせた。ちゃんと触れるでしょ? と確認させているようだった。
「テオ……テオだ……」
言葉と一緒に、ラナの大きな瞳からはポロポロと涙が溢れた。テオは眉を下げ、袖でその涙を拭う。
「早かったじゃない」
「頑張りましたから」
嫌味っぽい口調で言い放ったフェリルだったが、その顔は何やら嬉しそうに綻ばせていた。よくやったとでも言いたげに腕を組んでさえいなければ、微笑ましかったのだが。
いまだ泣き止まないラナは、涙をこぼしながらも、突然何かを思い出したかのように立ち上がった。
「テオに会えるなら、もっと違う服にすればよかったです」
「服?」
「テオの言いつけを守って、ラナずっとズボンだったものね」
確かにラナが今身につけているものはズボンだ。上に着ているものは今までとは違い、袖がフリルになった可愛らしいものだが。
なぜ突然ラナがそんなことを言い出したのかわからないテオは、それをそのままラナに訊ねた。
「だって、前にお城で着せてもらった服、テオ可愛いって言ってくれたので……」
「あら、テオそんなこと言ったの? そんなこと言えたのね」
照れたようなラナの表情と言葉の余韻に浸る暇もなく、フェリルが空気を読まない発言をする。せめてもの救いは、この場にリネットとエリーがいてくれたことだろうか。
こういうことに関して空気を読むことに長けている二人は、詳細に話を聞き出そうとするフェリルを連行し、どこかへ連れて行ってくれた。
静かになり、落ち着いたのだが、ラナは立ち上がったまま座ろうとしない。まだ着替えに行こうとしているのだろうか。しかし、テオがラナの両手を掴んで離さないので、動けずにいた。
「ラナ、俺に可愛いって思ってほしかったの?」
「……はい」
揶揄おうとしたテオに、ラナは素直に頷く。ほんの悪戯心だったのだが、ラナの方が上手だったようだ。テオはラナの手を掴んだまま、その手を上げ顔を隠す。
俯きため息をつくテオの頭上から、心配そうなラナの声が降ってくる。
「大丈夫だよ。いや、大丈夫じゃないけど、大丈夫。ラナは何着てても可愛いから、そのままで大丈夫ですよ」
「本当ですか?」
「えぇ。むしろ、それ以上可愛くならないでほしいと思うくらいには」
「?」
ラナは首を傾げていた。伸びた髪が肩から落ち、さらりとなびく。たったそれだけの仕草に心臓が跳ねた。
森で預かると妖精王が言い出した時は、憎さすら感じていたテオだったが、ラナを人目に触れさせずにすんでいたことに、今ここでひれ伏してもいいと思った。
「遅くなってごめんな」
「いえ、テオ頑張ってくれてたって聞いています。えーと……その……」
握っている手をラナがぎゅっと握る。その手は震えているようだった。
テオはラナの名を呼んだ。が、返事はない。ラナは何かを言おうとしているようだったが、言い淀んでいるのか声にはならない。
「ラナ、城を出る前に言ったこと覚えてる?」
「えーと……テオが、」
「あ、うん。その話。俺は、ラナのことを愛おしいって思ってる。ずっと一緒にいたいって」
「わたしもずっと一緒にいたいです」
「でも俺のは、ラナを独り占めしたいって意味も含まれてるよ?」
「? はい、わたしはテオだけのものです」
「……は?」
思わぬ返答が戻ってきて、テオは目を丸くした。
「ラナ、意味わかってる?」
「いえ……フェリルがそう言うといいよと教えてくれました」
「フェリルめ……」
眉をしかめ、フェリルたちが消えた方を睨む。余計なことを吹き込みやがって、と内心悪態をつく。
シワを寄せている眉間に何かが触れ、我に返る。見ると、ラナが心配そうに見つめていた。
「だめでしたか?」
「だめじゃないけど、意味がわかってないことを簡単に口にしちゃいけないよ。俺だったからよかったものを……」
「テオにしか言いませんよ?」
「いや、だからね?」
ため息混じりに言葉を落とすと、ラナの肩が跳ねた。
見ると、しょんぼりと肩を落とし、俯いている。
「テオ、ごめんなさい……でも、さっきの意味とか、そういう感情? はテオから教えてもらいたいです。時間はかかってしまうかもしれませんし、わたしが何かを返せるわけでもないのですが……それでもいいとテオが言ってくれるなら……」
「いいよ」
テオはあっさりと返事をする。
「だって、ずっと一緒にいてくれるんでしょ?」
「はい。一緒にいたいです」
「それに、俺に教えてほしいんだもんね」
「そうです、けど……テオ、また悪い顔してますよ」
「はは。これからこの顔、何回見られるだろうな」
「そんなの数えませんよ」
テオは笑っていた。
口を膨らませていたラナも、呆れたように——もとい、つられたように笑った。
テオはラナの手を改めて握りしめた。存在を確かめるように。もう二度と離れないという意思表示のように。
「あ、そうだ」
ラナは何かを思い出したように、テオを真っ直ぐ見つめた。
「どうした?」
「まだ言ってなかったなと思いまして」
「何を?」
「テオ」
涙で赤くなった目を細める。ラナは今までで一番穏やかな、そして幸せそうな笑みを浮かべていた。
「おかえりなさい」
End.
花は白と黒に囚われる 小鳥遊 蒼 @sou532
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