48 言ったでしょ
目を閉じ、衝撃に備える。
備えたところで、耐えられるものではないことはわかっていた。ラナを抱え込むように庇ったところで、それが意味をなさないということも。ただ、考えるよりも先に身体が動いていたのだ。
だが、いくら待てども何も起こらない。身体への衝撃も、周りへの影響も何もない。
テオは恐る恐る目を開けた。
あまりに強い衝撃に、痛みを感じないまま
立っている場所には傷一つ見受けられなかった。攻撃が外れ、どこか別の場所に当たっていたとしても、音くらいは聞こえてもよさそうなものだが、衝撃波すら届いてはいない。
不思議に思い、テオは顔だけ竜の方へと振り向かせた。
「え……」
知らない間にテオの懐に飛び込んでいたフェリルが、目を見開いて竜の方を見ていた。
次いで、視界が解放されたラナも「あ」と声を漏らす。
竜の前には、髪の長い男が立っていた。
竜の前に手をかざしている。かざした手は光っていて、そこに吸収されるように竜の攻撃が消えていく。
「妖精王様……」
かろうじて耳に届いたフェリルの声に、テオは一瞬時が止まったように思考を停止させた。が、問いただす時間もなく、一度は攻撃を止められた竜が収まらない怒りを発散させるかのようにさらに襲撃をかける。矛先は、傍らに倒れ込んでいる宰相に向けられる
気を取られていたテオは、掴んでいたはずの手の力を緩めていた。ちゃんと掴んでいなかったことに気づいたのは、目の前にラナの姿が映ってからだった。
あ、と思った時にはすでに遅かった。ラナは、テオのもとを飛び出し、宰相を庇うように前に立った。俊敏に動くラナを見たのは、これが初めてだった。
『なぜ、そんなものを庇う? 庇うというなら、お前ごと火の海に沈めるぞ』
テオには竜が何を言っているのかはわからなかったが、唸る声が、ラナごと攻撃しようとしている雰囲気を醸していた。
「待て。ラナには手を出すな!」
急いで駆け出し、ラナを背後へと隠す。
アルフレッドが同じようにテオの横へとやってきたのは、ほぼ同時だった。
『次から次へと……しかも、お前はこいつと同じ血が巡っているな』
竜はアルフレッドには目もくれず、テオの方へと顔を近づける。
まるで動物が匂いを嗅ぐように、すぐそばで品定めをしているようだった。
『気に入らないな。お前も一緒に火祭りに……』
すぐそばで緊張感が走る中、急に竜の唸り声が消えた。消えはしたが、品定めはまだ終わっていないのか、テオのまわりを嗅ぎまわっている。本当に匂いを嗅いでいるというわけではないだろうが、ギョロリとした目を向けていた。
テオは恐ろしさを感じていた。そのまま丸呑みされてしまうのではないかと、それでも体は動かない。
『お前、いいものを持っているな』
竜が何かを言っていることはわかったが、それはテオには言葉として届かない。
テオはまだ恐怖に戦慄していた。
そんなテオの裾が引かれる。体を動かせずにいたので、目線だけを後ろへと向けた。
「テオ、何か持っていますか?」
「何か……?」
「いいものを持っている、と言っています」
いいもの、と言われても皆目見当もつかなかった。テンパっていたせいか、自分が荷物を持っているかどうかすらも記憶にない。
そこに竜の攻撃を吸収してくれた男が近づいてきて、テオが背負っていた荷物を指す。
「おそらくそれではないかな? この匂い……ザックのおやつといったところか」
「え? あぁ……」
少しだけ楽になった体から荷物を下ろし、中身を取り出す。
森を出る際にザックが持たせてくれた食料がほとんどだったので、探すほどでもなかった。
「これのことか?」
竜は満足そうに頷き、長髪の男の方に視線を向けた。
『これを貢物として献上するというなら、今回のことは水に流してやってもいい』
「さすがは高貴な存在だ。じゃあ、空の妖精王に届けるよう手配しよう。君は彼からそれを受け取ればいい」
二、三言葉を交わした後、竜はすんなりと帰っていった。
何が何だかわからないまま、呆然と立ち尽くしていると、徐々に空が明るくなっていく。
「ほらね、言ったでしょ。美味しいものは裏切らないって」
自信満々に鼻にかけるような物言いで口にしたフェリルの言葉を理解したのは、しばらく経ってからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます