47 なす術なく

「もうやめてあげてください……苦しいって……」


 何かを抗うような動きで暴れている竜を前に、ラナの声が震えた。テオの裾を握る手にも力が込められる。

 竜の前に立つ男が竜を止めているのだろう。ラナが、あの男が魔法を使っていると言っていたので間違いないだろう。

 魔法で止められているせいか、今のところ攻撃はしてこない。が、反対に竜は自分自身を傷つけるように動きの不自由さから逃れようとしていた。


「あの男が竜に服従魔法をかけているわ。ただ、完全じゃないみたいで、抗える余地が残っているから、暴れて解こうとしているみたい」


 傷ついているのはそのせいだとフェリルは言う。

 アーバスノット家に魔力を持つものはいない。魔法も本来なら使えるはずはなかった。

 宰相が魔法を使用する際、必ず石のようなものを手にしていた。その石が、魔法を使えないはずの宰相が魔法を使用できている理由だろう。


「力は貸さない、とも言っているわ。お前のくだらない欲望のためにこの手は汚さない、と」


「どういうことだ?」


「あの人、この国を滅ぼそうとしているみたい」


 さらっと言ってのけるフェリルに、この場にいたほとんど全員が目を見開いた状態でフェリルの方を見た。言葉がわかるラナを除けば、王太子だけがこの言葉に驚かなかった。焦った様子もない。ラナを連れていた白軍服の騎士たちでさえ、そんな話は聞いていないといった表情を浮かべているのに、だ。


 場は種々様々な表情が入り乱れていた。

 竜を止めてほしいと頼んできた王太子を、テオは密かに睨みつける。こんな場所にラナを連れてくるなんて、と恨みつらみが募る。しかも、知っていたような雰囲気を醸していることにも、さらに怒りは心頭する。自分自身もラナの選択に、強く否定はしなかったことに関しては棚上げ状態で。


「あなたはこうなることがわかっていて、ここにラナを連れてきたのですか?」


「ん? あぁ、宰相の思惑に関してはおおよそ検討はついていたよ」


「あの子を止められますか? これ以上傷つかないように、解放できますか?」


 何事もないかのように返答する王太子に、飛びかかりそうになったテオの前をラナの言葉が横切る。その声はやはり震えていて、瞳もまた揺れているように見える。


「解放できるかどうかは君次第だよ、ラナ・セルラノ」


「それは無理じゃないかしら」


 次に割り込んできたのはフェリルだった。


「無理? それはなぜ?」


「さっきも言ったように、竜はあの人に服従魔法をかけられている。完全じゃないとはいえ、操られているのよ? ラナに説得させたいんでしょうけど、聞く耳を持っていない。今は特にあの魔法を解くことに必死だし、かなり怒っているみたいだから、誰が出て行こうと危険なことに変わりはない。それよりも、あの人に魔法を解くよう説得することが先じゃないかしら?」


 王太子は何も言わなかった。考え込むように腕を組む。

 テオはラナの腕を掴んだ。そうしておかないと、ラナが竜のもとへ飛んでいってしまういそうだったからだ。そんなことしかできない自分をもどかしく思う。


 なす術なく、身動きが取れないテオたちを、宰相は嘲笑うように見ていた。

 宰相に聞こえないよう小声で話すということはしていないので、おそらくテオたちの会話は聞こえているだろう。

 聞こえていて、自分の目論見が筒抜けとなっていても尚、余裕の表情を浮かべられているのは、従えている竜絶対的味方がいるからだ。


 勝利を確信した宰相は、そのあまりの自信から、少々油断していた。

 状況が変わる時というのは一瞬だ。抗うように身動きをとっていた竜のしっぽが、宰相の手に触れた。魔法石を持っている方の手に。

 無造作に振り下ろされたしっぽが触れ、石が割れる。それはなんともあっけないものだった。

 割れた直後、石の光が消える。光が竜を縛っていたかのように、消灯した途端に竜の動きが軽くなった。


 宰相は手に加えられた衝撃で地へと倒れる。

 テオたちは何が起きているのか、すぐには把握できなかった。

 何もわからないまま、宰相を飛び越え、怒り狂った竜の一撃がテオたちの集団へと向かってくる。

 何が何やらわからないまま、テオは条件反射的にラナを庇うように抱え込んだ。

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