44 勘違いと決断

「ラナ・セルラノ!」


 姿を認識したときには、声が出ていた。

 ルイは視線を浴びながらも、冷静に状況把握に努める。

 ラナの周りには四人の一番隊隊員と、テオルーク。そしてその傍らには妖精が羽を羽ばたかせることなく飛んでいる。

 一瞬テオルークと視線が交じったが、軽く流し、白い軍服の騎士たちの方へと視線を向けた。


「誰の指示で勝手な真似をしている?」


「……あ、我々は国王陛下の命にて動いております。ラナ・セルラノを安全な場所に移すように、と」


 一瞬変な間があった後、騎士は姿勢を正した。妖精が何やら微動したことは、目の端に映り込んでいたが気にせず騎士に集中する。

 騎士たちはルイと目を合わせることもなく、それでも強気な口調で言葉を発する。

 そんな彼らの言動に、ルイは不敵な笑みを浮かべた。


「安全な場所? この先に安全な場所があると? 言葉は使いものだ。本当は誰の指示で動いている? 目的は?」


 先の質問に答えた騎士の眉がピクリと動いた。が、変化があったのはそれだけで、すぐにもとの表情へと戻す。他は表情も体も全て微動だにしない。

 口を割ろうとしない騎士たちに対し、ルイは嘲るように鼻で笑った。


「忠実なのはいいことだが、従う人間を見誤るのはいただけないな」


 睨みを効かせるルイだったが、「ま、いいや」とすぐにいつもの軽口を叩いた。

「今、彼らを咎めている時間はない」とラナの方に体を向ける。今度はルイが姿勢を正し、ラナの目を真っ直ぐに見つめる。


「ラナ・セルラノ。身勝手は承知で、あなたにお願いしたいことがある」


 ラナはフェリルの影に隠れながら、首を傾げる。そんな小さな影に隠れられるわけもないので、ラナの姿ははっきりと見えた。


「この国のために、あの竜を止めてほしい」


「なっ……!」


「何を言っておられるのですか!」


 頭から湯気が出るように、爆発しそうなフェリルを遮るように割って入った声の方へと視線が向く。その先にはアルフレッドの姿があった。

 アルフレッドはズカズカとルイの前まで足を進める。顔を見ずとも、アルフレッドの感情、考えていることも手にとるようにわかった。おおよそ、「危険な場所にわざわざ連れて行くなど……!」と憤怒しているのだろう。


「あの……」


 次から次へと誰かが割り込む。

 今度はか細い声だった。アルフレッドの凄まじい勢いに気圧されそうな声だったが、当のアルフレッドが一番に反応し、微かに聴こえた声に目を向ける。


「わたしは竜に嫌われています。わたしが何かすれば逆効果だと思うのですが……あ、それとも」


「「そうじゃない」」


 声がかぶる。かぶったもの同士が目を合わせ、不思議そうに首を傾げた。

 声を発した一人であるルイは、ラナが言いかけたであろう言葉を否定しようとしていた。自己犠牲の精神が板についていけない、と肩をすくめる。

 もう一人——テオルークが何を言いかけていたのかはわからない。が、ルイが口を開こうとしないので、譲ってもらったとでも思ったのか、テオルークはラナの前にしゃがみ込み、目線を合わせていた。


「ラナ。ラナが竜に嫌われているっているのは、勘違いなんだ」


「……勘違い?」


 ラナはほんの少しだけフェリルの影から前に出た。それでもまだ人見知りをしているかのように、見上げる目は伺っているようだった。


「ラナは多分、あの時……動物たちに襲われて、森に逃げ込むまでに遭遇した竜のことを言ってるだろ?」


 ラナは小さく頷く。


「じゃあ、やっぱり勘違いだよ。あの時、あの竜が言った言葉は俺に向けられたものだ」


「え……?」


「竜に嫌われているのは俺。というか、俺の血筋」


 テオルークの話によると、アーバスノット家はその昔、狩りを娯楽として楽しんでいたことがあったそうだ。最初はウサギなどの小動物から始まり、鹿などの大きな動物に移行していった。

 狩りに慣れたアーバスノットは、徐々に飽きが来ていた。もっと言うと、さらに大きなものを獲物にしたいという欲が出ていたのだ。

 不幸にも、その当時、竜の里が王都の近くにあった。あるという噂が流れていた。

 竜は小さいものではない。隠れようにも、その姿を完全に隠すことはできない。

 竜を見つけることは容易だった。そして、竜を傷つけることも、その時は簡単にできた。

 それまで人と竜はお互いの領分を完全に区別できていたため、敵対することもなく、お互いに傷つけるものにも、傷つけられるものにもなり得なかった。だから、油断していたのだ。


 アーバスノット家は禁忌を犯した。が、どう上手く立ち回ったのかはわからないが、お咎めはなかった。後世にも伝えられず、いまだに侯爵家の称号を語っている。

 だがしかし、竜はその傷を忘れることはなかった。

 アーバスノット家の血が流れる者を駆逐したいとまで思っていた。それができる存在であるのにそうしなかったのは、彼らのプライドだろう。


「そういうわけで、ラナは竜に嫌われてない。大丈夫だよ。とはいえ、怖かったら行かなくてもいい。無理する必要はない」


 何を勝手なことを、と思いながらも、ルイとて無理強いできないことはわかっていた。が、この状況を何とかできるとすれば、ラナしかいないこともわかっている。竜がラナに敵意を持っていないとなれば尚更。


 ルイはラナの方を見た。目の前にいるテオルークを見つめているラナの返事を待つ。

 しばらくして、ラナは頷いた。


「わたし、行きます。わたしが行って止められるのなら。ただ……」


「ただ?」


「テオにも一緒に行ってほしいです。そばにいてほしいです。隣にいてくれるだけでいいので」


「俺で……今の俺でいいの? というか、俺がいると逆撫でするだけかもしれないぞ」


「大丈夫です。それに、テオにも仲良くなってほしいから」


「何が大丈夫なんだか」


 そうこぼしつつも、テオルークは嬉しそうに顔を綻ばせていた。

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