45 いざ戦場へ
竜を止めるべく、竜のもとへと向かうことを決めたラナたちは、すぐに行動に移った。
案内役として王太子とその護衛である二番隊隊員が前を歩き、その後ろにラナとテオ、フェリル、そして黒騎士が続いた。黒騎士は、この場にやってきたときに声を発して以来、終始無言だった。不服そうな表情を浮かべ、隠すつもりはないのか纏う空気さえも不機嫌そのもの。おおよそ、ラナを竜のところへ連れて行くことに反対なのだろう。しかし、反対派が一人だということと、賛成派には絶対的な王太子がいるため、どれだけ強く抗議したところでその意見は通らない。それがわかっているからといって、納得できるというわけもなく、苛立つ感情を隠すこともできない様子だった。
ラナと遭遇した際に一緒にいた白い軍服を着た騎士も後をついてくる。自分たちの任務とは違うことをしているはずなのに、抵抗することなく王太子の指示に従っているように見えることに、テオは疑問を抱いていた。
敵対関係のある両者に挟まれているテオは、落ち着かない心持ちだった。どちらを信用していいのかわからない手前、気は抜けない。
何より、この状況がすでに緊張を強いられる場面ではあった。ただ、急がなければならないということだけはわかる。そして、ラナがいることで、それほどスピードが出ないということも……
前を歩く王太子たちがチラチラと後ろに視線を送る。それが何を意味するのか、何を言わんとするのか、テオにはわかっていた。
「ラナ、ちょっとごめんな」
一言断ってから、テオはラナの体を持ち上げた。担ぐように肩の上に体を乗せ、背中と膝裏に手を回す。
慣れ親しんだ動作は、姿が変わっても何の違和感もない。ただ、いつもであれば、振り落とされないようにテオにしがみついてくる手の温もりがいつまで経っても現れない。
テオは体を逸らし、ラナの顔を覗き込んだ。
「ラナ? ちゃんと掴まってないと落っこちるぞ?」
ラナは気まずそうに口をまごつかせた。何か思い当たることがあるのか、テオはあぁ、と納得したように頷く。
「大丈夫だよ。この姿でも、ラナを担いで走るくらいわけないからね」
「いえ、そうじゃなくて……」
「ん?」
「……何だか、恥ずかしいです」
そう言ってテオの肩に顔を埋める。
ラナの言動に、一瞬テオは思考も動きも止まった。口が開き、何とも間抜けな表情を浮かべている。
それでもすぐに我に返ると、テオは悪い笑みを浮かべた。
「へぇ、ふーん。恥ずかしいんだ?」
いつもの調子が戻ったように、含み口調でそんなことを口にする。すかさず「ちょっと! 遊んでる場合じゃないわよ!」とフェリルの叱咤が飛んできた。
気を取り直して、ラナを担いだテオは、その分移動スピードも上がったことを目配せして前方に伝える。
王太子たちは小さく頷き、歩幅を広め、歩くスピードを上げた。
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竜は、王城の一番高い場所にいた。
扉を開けると、まずその圧倒的な存在感に気圧される。ラナを抱えている手前、後ずさりたい気持ちをグッと堪え、両足に全意識を集中させ踏ん張る。
竜の目の前には、男性が一人立っていた。数日ぶりに見る憎き相手だということは、後ろ姿でも十分にわかった。
数人がぞろぞろとやってきて、扉が開い音も聞こえているはずなのに、宰相はこちらを見ようともしなかった。その代わり、こちらに顔を向けている竜は、睨むようにテオたちを見下ろす。
竜が唸る。威嚇をしているかのような、今にも攻撃を仕掛けてきそうな勢いだった。
「……あなたの声だったのですね」
「何か魔法を使っているみたい。これは……」
ラナとフェリルがお互いに独り言のように声を出す。
テオの肩から下ろされたラナは、癖のようにテオの袖を掴んでいた。
テオには魔法が使われているかどうかは判断がつかない。ラナの言葉の意味もわかりかねる。
その分、注意深く竜を観察した。が、怒気を持ち、こちらを威嚇しているようにしか見えない。
テオが二人の言葉を反芻している間に、宰相に動きがあった。そこで初めてテオたちの存在に気づいたように、竜の前に手をかざしたまま後ろに振り返る。
「おや? なぜあなたがここに? 安全な場所に移動するよう、指示が出ていたはずでは?」
宰相の視線はラナに向いていた。言葉もまた、ラナに向けられたものだろう。
言葉のわりに、驚いた様子も焦った様子も、その顔からは見受けられない。
「やはりあなたでしたか」
「こんなところにノコノコやってくるなんて」
王太子と宰相の会話は噛み合わない。噛み合わせるつもりもないかのように、各々が好き勝手に口にしているようだった。
その間も、ラナの顔はどんどん蒼白になっていく。フェリルもまた慌てたように、目を見開いたまま竜だけを見ていた。
「ラナ?」
「あの子……魔法をかけられて自由が利かないと言っています」
「え……?」
「あの人が、あの子に魔法をかけていると言っています」
そう言って指したラナの指先は、宰相を向いていた。
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