43 再会は突然に

 取り残されたテオとフェリルは、しばらく呆然としていた。しばらくと言っても、ほんの数分、いや一分も満たない程度。その間、テオは竜の気配を横目に感じつつ、これからどうすべきかを考えていた。

 テオの目線の位置よりも少し高い地点で飛んでいるフェリルは、テオに背を向けているため顔は見えず、何を考えているのかはわからない。


「ねぇ」


 沈黙を破るのはいつもフェリルだ。

 フェリルはやはりテオに背を向けているが、声はテオにかけたものだろう。独り言でなければ、この近くにはテオ以外に誰もいない。


「ラナの声がする」


「は?」


「ラナの、声がする」


 フェリルはその声を探すように顔だけでなく、体ごと動かし、全身で辺りを見回す。

 竜の鳴き声や動く音しか聞こえないテオは、フェリルの言動を不思議に思う。それでも、フェリルが演技をしているとも、嘘をついているとも思えなかった。妄想癖は激しいタイプではあるが、こんな時にその癖を出すようなことはしないはずだ。テオをからかって遊ぶことも、この状況ではしないだろう。


 テオはもどかしさを感じた。フェリルが言っていることが本当であれば、近くにラナがいるのだろう。が、テオには何も聞こえない。フェリルが見えるほど、聞こえるほど、同じようには何一つできないのだ。最初からできないのならばいい。それが当たり前として馴染んでいたままだったのなら、そんなことは思わなかっただろう。しかし、一度を経験してしまえば、失った後の代償は大きい。


「ラナ、どこにいるの?!」


 フェリルは懇願するように口にする。その声は痛々しく響いた。

 テオも必死に辺りを見渡す。ラナが今どこにいるのか、それはテオが一番知りたいことだった。喉が枯れそうなほどに叫ぶフェリルの想いよりも、より強い気持ちでテオは今の自分ができる最大限の五感でラナを探す。


「いた……!」


 微かにフェリルの声がしたような気がして振り返ったのは、フェリルがどこかへ飛んでいった後だった。

 テオは状況が把握できないまま、フェリルの方へと視線を向け、飛んでいった先を見つめる。

 テオは目を凝らした。できるだけ視力を精一杯引き出す。そこまでしてやっとテオはラナを認識した。


 ラナは白い軍服を着た騎士に囲まれて歩いていた。

 手枷もなく、囲まれていること以外は何もおかしなところはない。連行されているという雰囲気すらない。

 ただ、ラナの近くにいる人間が白い軍服を纏っているということに、テオは眉間にシワを寄せる。白は敵だ。黒が味方かどうかはまだ判断はつかないが、白が敵だということは森の一件から断言できた。


 その中へフェリルが突撃する。無鉄砲にも程がある。

 音のない奇襲に騎士たちもすぐには反応できなかったようだ。ラナは相変わらずワンテンポ遅れて驚いた表情を浮かべた。あくまでわかる者にしかわからない程度の変化だ。


 テオもラナたちの方へと歩みを進める。

 フェリルがラナに何か声をかけていたようだが、テオのところにまでは届かない。

 フェリルの突撃で、騎士たちの警戒が強まったこともあり、早くそこまで向かうべきなのに、思うように足が進まない。あれだけ会いたいと焦がれていた想いが嘘だったかのように、足に鉛がついているかのように重い。


 そんなテオの心情に気を配るはずもないフェリルが、テオの方へと指を差す。それをたどるように顔を動かしたラナと目が合う。刹那、テオの心臓が跳ねた。

 真っ直ぐにテオの方へと向けられる蒼い瞳が、全てを見透かすように向けられる。

 吸い寄せられるように足が動く。ラナの近くまでやってくると、フェリルが何やら魔法を使った。と同時に、騎士たちが動かなくなる。


「……テオ?」


 もうずっと長いこと聞いていなかったような感覚を覚える。けれど、聞き馴染んだ声だ。

 小柄で、もともと華奢な身体が、さらに小さくなっているような気がした。いつもは同じくらいの目線か、もしくはテオの方が見上げていたのに、今は首を曲げなければいけないほど目線が下に向く。


 騎士の邪魔が入らないことはわかっていた。

 フェリルが助力してくれたのだろう。横目に見える顔が「せっかくの再会の場だからね」と言っている。


 この格好でラナの前に立つのは以来だ。あの時、二人は会話と交わしていないので、初めましてと言っても過言ではない。テオは、最初の挨拶を告げるべきかどうか悩んでいた。

 今の自分を『テオ』だと認識してくれていることはわかったが、それでもどう会話を始めればいいのか答えを探す。


「テオ、ごめんなさい」


 何と言って声をかけようかとテオが悩んでいる間に、先にラナの方が口を開いた。

 驚いて顔を上げると、泣き出しそうなラナの顔が映る。


「どうしてラナが謝んの」


 テオは眉を下げ、困ったような表情を浮かべた。

 謝るのは自分の方なのに、という言葉は続かない。

 ラナもそれ以上声が出ないのか、黙ってしまった。それでも二人の視線は交わったまま、どちらも逸らそうとはしない。


 テオがホワイトタイガーの姿であれば、今ここで抱きついて、もふもふの世界に誘われるところなのだろうが、今のテオの姿ではそれも憚られるのだろう。そのことも戸惑いの一因だった。


「ラナ・セルラノ!」


 沈黙を裂くように、この場の誰のものでもない声が響く。

 ほとんど会話ができないまま、二人の再会は幕を閉じた。

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