42 動き
城外もさることながら、城内もまた喧騒に包まれていた。
人々が集い、皆こぞって顔に驚愕の色を滲ませている。恐怖に怯える声も、あちこちから聞こえていた。
そんな中を、ルイは脇目もふらずに歩いていく。
王太子殿下のお通りに、廊下でたむろっている使用人たちが頭を下げるが、それに応える時間はない。説明を求めるような目を向けられていることにも気付いていたが、今はそれよりももっと大事なことがあった。
とある部屋の前で足を止めると、ルイは扉をノックした。
返ってきた声は用のある人間のものではなかったが、勝手に開いた扉に導かれるように中へと入る。
「ルイか。今、報告を受けているところだ」
部屋には国王陛下と一番隊所属の騎士が数名いた。壁の白と合わさり、真っ白な軍服が眩しい。
国王だけが三人ほどは座れるかという椅子に腰かけ、他の者は姿勢正しく立っている。そのうちの一人が一歩前に出ているので、おそらくその者が説明の任を担っているのだろう。宰相の姿が見られないことにルイは首を傾げた。
「人間の姿は確認できないことから、竜単独での攻撃だと思われます。そもそも人間の指示に従うことはないかと。目的は、ラナ・セルラノを引き渡すこと、と。現在、アーバスノット宰相様が交渉に当たっておられます」
「アーバスノット殿が直々に?」
ルイは眉根を寄せた。
国王の方へと視線を向けるが、驚いた様子もなく、その表情からは国王も承知のことだと察する。
ルイは舌打ちをしたくなった。が、ギリギリのところで踏みとどまる。この場でそんなことをすれば、自分にしか聞こえないほどに小さいものだと思っていたとしても、
「ラナ・セルラノがここに来た途端にこれか……いや、大丈夫だ。ラナ・セルラノに害が及ぶことはない。全ては宰相に委ねよう」
誰を気にかけているのか、言い訳がましく連ねる言葉にルイはいよいよ耐えられなかった。言い訳をしていることでも、ラナ・セルラノのせいにしているからではない。何の疑いもなく宰相に一任していることに憤慨しているのだった。
ルイは挨拶もそこそこに、国王を見ないように部屋を出て行った。
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「殿下!」
部屋を出て、なるべく早くその場所から遠くへ行きたいと、早足に廊下を歩いていたところに、切羽詰まったような顔で行く手を阻むようにアルフレッドが立ちはだかった。
「ラナはどこです?!」
何の口上もなく、捲し立てるように突っかかるアルフレッドに、ちょっと落ち着いてよ、と宥める。
「前にも言ったようにラナ・セルラノは地下牢にいるはずだよ」
「居なかったのです!」
聞けば、騒ぎが起きた後、直ちにラナがいると聞いていた地下牢に足を運んだが、そこには誰も居なかったと言う。入り口にいたはずの見張りすら存在しなかったかのように、気配も残っていなかったと。しかも、鍵がなければ開けられないはずの鉄格子も開いていたと。
ルイは神妙な面持ちで腕を組んだ。
「なるほど、そういうことか……」
「一体どういうことなのですか? ラナはどこに!?」
「アル、すぐにでもラナ・セルラノを見つける必要がある。二番隊に指令を! 動ける者全てに声をかけ、ラナ・セルラノを探すよう指示するんだ。これは急を要する。直ちに動いてくれ」
アルフレッドは眉を歪めていた。
言いたいことはあるが、表に出したい言葉を飲み込むように喉元が動く。
「……承知いたしました」
それでも忠実にルイの指示に従うのは、それが一番ラナにとっていいことだとわかっているからだろう。
ルイは眉を下げ、背を向け遠ざかっていくアルフレッドに心の中で謝罪した。
アルフレッドを見送った後、ルイは護衛とともに別方向へと歩き出す。より一層暗く、何が降ってきても不思議ではないほどの厚い雲が立ち込めている方向へと向かう。
実を言うと、ルイにはラナの居場所の目星はついていた。が、ルイの予想では、かなり遠回りをして本来の目的地にやってくると思われたので、アルフレッドたちには
場合によれば、動いてくれた二番隊隊員にも、アルフレッドにも時間と労力を無駄にさせてしまう可能性もある。が、緊急事態だ。そこは大目に見てもらおう。
何はともあれ、今最も優先すべきはラナを保護することだ。
「おおよそこれも宰相殿の仕業だろう」
呟いた声が風に流されると、ルイは先ほどよりも速いスピードで城内を駆け出した。
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