26 ひとまず落ち着くところから

 

 城に戻り、タシャルルを馬小屋へと連れていく。

 休む間もなく城と森を往復することになったが、タシャルルは疲れも見せず、その距離を全速力で駆けてくれた。

 正直なことをいうと、アルフレッドはどの道をどうやって帰ってきたのか記憶がなかった。それほどまでに冷静さを欠いていた。が、そんな主をフォローするかのように、タシャルルが自らの意思で城までの道を駆けてくれていたのだった。

 愛馬へ労りと感謝の気持ちを込めて両手で顔を包むように触れたアルフレッドは、ゆっくり休んでくれ、と伝えてから城内へと入っていった。もうしばらく、走らなくてもいいことを願って。


「アーバスノット宰相はお戻りか?」


 城に入り、最初に目についた人間に声をかける。

 声をかけられたメイドは、アルフレッドの圧に肩を震えさせた。


「お戻りになられてはおりますが、宰相様は誰にも会われないとのことです」


「会わない? それはどういう意味だ?」


「私どもには詳細は分かりかねます」


 深々と頭が下げられる。震えている声と同じように、その体もまた小刻みに振動していた。

 アルフレッドは舌打ちしたい気持ちを押し殺し、礼を言って、足早に立ち去った。


 城内を忙しなく歩き回る。アルフレッドはとある人物を探していた。宰相に会えないのなら、次に頭に浮かんだ人物は一人しかいなかった。

 走り出したい気持ちを抑え、歩幅を広げて早足に移動する。アルフレッドの鋭い気迫に、廊下をすれ違う人たちがこぞってアルフレッドを避けるように端に寄る。

 アルフレッドはそんな周囲の人々を気にする余裕もなく、お目当ての人物を探していた。

 角に向かって直進していると、声が聞こえてきた。その声は聞き覚えがあり、かつアルフレッドが探している人物の声のように思えた。


「殿下!」


 角を曲がり、その人の姿を目視するや否や、言葉が口をついていた。

 瞬時、アルフレッドはしまったというような顔になる。ルイの近くには彼の側近が立っていた。

 深刻な表情で話をしていたにもかかわらず、声をかけてしまったことにアルフレッドはバツが悪そうに頭を下げる。

 ルイは気にしている様子はなかった。側近の彼に何か言付けてから、ルイは右手を上げた。

 彼は会釈だけして後ろに下がる。

 ルイはアルフレッドを連れて近くの部屋へと向かった。


「申し訳ございません」


 部屋に入り、扉が閉まった途端、アルフレッドは再び頭を下げた。

 腰を下ろす間もなくかけられた声に、座りかけていたルイが一瞬戸惑いを見せた。が、ルイはすぐに笑って「世間話してただけだから大丈夫だよ」と軽口を叩いた。それが彼の気遣いだということは、すぐにわかった。世間話をしているような表情ではなかったからだ。

 申し訳なさに眉を下げていると、「で、どうしたの?」とルイが声をかける。


「はい……宰相にお目通り願えないでしょうか?」


「アル」


 扉の近くに立ったまま、気を取り直して口にすると、ルイの力強い口調が返ってくる。

 その意図を察し、アルフレッドは大人しく言い直す。


「宰相に会いたいのだが」


「難しいだろうな」


 テーブルの真ん中に位置する椅子に腰かけ、背を預けるようにもたれた。


「どうしてだ?! ラナ・セルラノはここに来ているんだろ?」


「それはまぁ、間違いないだろうな」


「ラナは今どこに?!」


「僕も詳細は知らないんだけどね。小耳に挟んだ話からすると、どうもあの部屋らしい」


 荒ぶるアルフレッドを尻目に、ルイは指を下に向けた。

 さほど時間は経っていないのに、小耳に挟める話があったことに驚きつつ、ルイが指し示した場所にも目を見開いた。


「あの部屋……? まさか……」


 静かにルイが頷く。アルフレッドの目はさらに大きく見開かれた。


「城に連れてきて保護するという話は嘘だったということか!」アルフレッドは扉の横の壁を叩いた。

「俺のせいじゃないか……!」


 痛々しく響く声と音に、ルイは眉を下げて苦笑した。


「まぁまぁ、そう気を立てるなよ。ひとまず彼女は無事だ。自らの意思でここまで来たと言っていたらしいよ」


 アルフレッドは眉を歪めた。

 森を覆うように焼き跡が残っていたことを思い出し、すぐに状況を把握した。

 怒りが再燃し、握りしめた拳に力がこもる。

 そんなアルフレッドを見て、ルイは一人だけ雰囲気を和らげていた。


「君はちょっと落ち着いた方がいい」


「これが落ち着いていられると思うか?!」


「まぁまぁ。この件に関しては一旦僕に任せてよ。アルはご飯食べて、少し眠る必要がある」


「こんな時にそんな……」


「アル」


 声に圧が含まれる。

 アルフレッドを見つめる目にも、力が込められていた。

 有無を言わさぬつもりなのだろう。

 頭を冷やす必要はあるようだ。そう思い、アルフレッドは渋々頷いた。

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