25 戻るだけ

 続々と訪れた来訪者がいなくなった後、森は静寂に包まれていた。

 森の一大事に逃げ惑っていた動物たちも、危機が立ち去ったことで落ち着きを取り戻しつつあった。飛べるものは外へと避難したようだが、そうでないものたちは森から出ることはできず、来訪者が去り、非常事態が解除された後、巣穴へと帰っていた。


 誰も口を開こうとはせず、ただその場に立ち尽くしていた。

 リネットとエリーですら、重苦しい空気に飲まれ、静かにしていた。

 テオは終始、下ばかり見ていた。そんなテオを、高いところからフェリルが見下ろす。


「後悔中?」


「……」


「ラナが連れて行かれたことを悔いているのかしら。それとも、隠し事がバレたことに気を揉んでいるのかしら?」


「……やっぱり、フェリルは知っていたんだな」


「知っていたって何を? あなたが本当は人間だということなら、最初から知ってたわよ」


「リネットも」

「エリーも知ってた」


 リネットとエリーも静かに口にする。

 身を寄せ合っている二人に目を向け、次いでフェリルの方に視線を戻す。


「あなたからは人間特有のオーラが出てたからね。すぐにわかったわ。まぁ、ラナは気づいていなかったようだけれど」


「どうして黙っててくれたんだ? ……どうしてここに、ラナと一緒に匿ってくれてたんだ?」


 見上げた瞳には戸惑いの色が滲み出ていた。

 何をおかしなことを、とでもいうように、フェリルが鼻で笑う。


「あたしたちはあなたにラナを任された。そして、ラナにとってあなたは必要な存在だった。ただそれだけよ」


 澄ましていたフェリルが、その表情を一変させるように顔を紅潮させた。


「それより! あたしは怒ってるのよ!」


 テオの目の前にやってきて、右手を前に出し、人差し指をテオに突きつける。


「テオ! あたしはあなたに何て言ったかしら?」


 フェリルは鋭い目つきでテオを見た。次いで、リネットとエリーの方に視線を向ける。矛先が自分たちにも向くと思ってなかったのか、二人とも肩をビクッとさせた。


「大方、あなたたちがラナに話しちゃったんでしょうけど。テオも何が何でも止めるくらいの気概を見せないさいよ!」


「返す言葉もございません……」


「同じく」

「同じく」


 便乗するようにリネットとエリーがテオに続く。

 軽口を叩くような口調に、フェリルがもう一度睨みをきかせる。二人は、口を真一文字に結んで一歩後ろに下がった。


 変わらないやり取りに、呑気にもテオは安心するようにため息が溢れていた。

 落ち着いている場合ではないが、少し冷静になれたような気がする。テオは覚悟を決めたように、リネットとエリーにお叱りを与えているフェリルを真っ直ぐに見た。


「俺も王都に向かう」


 テオの方を振り返ったフェリルの目は見開かれていた。口までもあんぐりと開かれている。


「テオ、何を言ってるの? ラナの話聞いてなかった?」


 眉を歪め、怪訝な表情を浮かべる。

 両手を力強く握りしめる。体は小さく震えているように見えた。


「追いかけてくるなって言ってたでしょ!? 争いを起こさせないためなんでしょうけど……滅多に気を遣うなんてことしないくせに、こんな時ばっかり! そんな気遣い、湖に沈めてやりたいところだけど!」


 テオに対して怒っているのかと思っていたが、どうやら怒りの矛先はラナに向いているらしい。

 荒ぶるフェリルを横目に、テオは左側の口角だけ上げた。


「あいにく、俺は追いかけるんじゃなく、だけなんでね」


「開き直ってる」

「テオ、開き直ってる!」


 揶揄うような口調に戻った二人に、テオは「何とでも言え」と目を逸らす。

 フェリルは黙っていた。顎に手を置き、何かを考えているようだった。

 しばらくして、思い立ったように口を開いた。


「あたしも連れていきなさい!」


「は?」


「あたしも追いかけるんじゃなく、テオについていくだけよ。テオだけじゃ心配だからね。このフェリル様が一緒に行ってあげるんだから、感謝しなさい!」


 鼻を鳴らしながら、フェリルはご自慢の長い髪を靡かせた。

 高慢ちきな態度に、テオは破顔する。けれど、すぐに現実が顔を出す。


「フェリル、森を空けていいのか? 曲がりなりにも代理だろ?」


「曲がりなりにもって何よ!」


「曲がり」

「曲がり代理」


 きゃっきゃとはしゃぐリネットとエリーを、フェリルが睨みつける。

 それでもさして怖くはないのか、二人は小さな声にはなったものの、口を閉じることはなかった。


「あたしの留守中はリネットとエリーに任せるわ。維持だけなら二人が指揮を取っても大丈夫でしょ。そのうち、妖精王も帰ってくるだろうし」


「妖精王とやらに会ったことないけど」


「放浪してるからね。自由なひとなのよ」


 呆れたようにため息混じりに呟く。フェリルが言うのだから、奔放さは相当なものなのだろう。自分のことを棚に上げているとも言えるかもしれないが。

 リネットとエリーは、大役を任されたことにプレッシャーなど感じている様子はなく、むしろ目を爛々と輝かせていた。


「代理!」

「代理の代理!」


 小躍りする二人を横目に、テオはフェリルの方を見た。あの二人に任せて大丈夫なのか? と目で訴えている。

 フェリルの顔には一抹の不安が浮かんでいたが、行かないという選択肢はないようだった。森を二人に任せるよりも、テオを一人で行かせて、無事ラナを連れて帰って来られるかどうかの方が心配だったのかもしれない。

 それはそれで、テオからすると不満に思うところだが、今は他に優先すべきことがある。


「隣れば、善は急げだ……と、その前に。フェリル、何か切るもの出して」


「?」


 首を傾げながらも、ご所望のものをテオに差し出す。

 フェリルからそれを受け取ると、テオはおもむろに首から下に伸びた髪の毛をバッサリと切り捨てた。


「何してるの!?」


「あいつみたいで気に入らなかったんだよ」


 質問の答えにはなっていないが、呆気に取られるフェリルはそれ以上の言葉を発することはできなかった。


「バラバラ」

「揃える?」


 リネットとエリーが近づき、切られたばかりの毛先を見つめる。テオもその先を見た。確かに毛先はバラバラだった。

 フェリルよりは確かだろう、とテオは二人の親切をありがたく受け取った。





「さ、急ごう」


 出発前にすべきことを終え、森の入り口に立つ。

 フェリルの方に視線を移し、準備はいいかと目で合図すると、なぜかニヤリと口角を上げていた。


「早く行かないと、アルにラナ取られちゃうものね」


「あいつのあれは、ラナを連れていくための口実だろ?」


「さぁ、それはどうかしらね?」


 フェリルの口調は揶揄うようなものだった。

 誰が聞いても揶揄って遊んでいるだけだとわかるのに、テオはあからさまに焦りや苛立ちを表に出していた。


「あら」


「あら」

「あらあら」


 ニヤニヤしながらテオを見つめる三人に、テオの機嫌がさらに悪くなったことは言うまでもない。

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