22 出動は突然に

「なるほど、そんなことが……」


 帰還したことを知ったルイが、アルフレッドのもとを訪れていた。

 ルイはアルフレッドが無事に戻ったことを、大変喜んだ。お土産話を楽しみにしていたのかもしれない。

 ご希望通り、アルフレッドはラナ・セルラノについて陛下に話したことをルイにも話して聞かせた。


 アルフレッドの話を神妙な面持ちで聞いていたルイは、話が終わるとすぐに呟いた。

 手を交差し、口元へと持っていく。節目がちにテーブルへと目を落としたルイを見て、アルフレッドはしばらく声をかけずにいた。考え事をしているときの、ルイの癖だということを知っていた。

 二人がけのソファーのど真ん中にルイは腰かけていた。例の如く、アルフレッドにも座るように促す。もちろん、アルフレッドは断りを入れたのだが、積もる話もあるからと、強い口調で押し切られ、ほぼ命令のようにアルフレッドを座らせていた。


「ルイはどう思う?」


 部屋には二人しかおらず、アルフレッドは砕けた口調で話す。やはりこれもルイからのだった。


「うーん、正直言って難しいよ。アルが言っていることはわかるし、そうすべきだとも思う。けど、実際どうやって? ラナ・セルラノの存在を隠しておくのは得策ではない。隠し切れるとは思えないし、いずれどこかからバレたときのデメリットが大きすぎる。かと言って、彼女は危険な存在ではなく、その力を戦いに利用することはない、と言ったところで誰が信じる? 納得してもらえるなんて到底思えない」


「それじゃあ、ラナは……彼女は自由になれないと?」


「アル、他国間の問題は今に始まったことじゃない。もちろん他国だけの話でもないが。力があることを誇示しているつもりがこちら側になくても、そう受け取られてしまうんだよ。悲しいよな。力を持つものは恐れられ、知らず知らずのうちに、従わせているかのようになってしまうんだから……自分たちの意図ではない方向へ進んでいくことの方が、実際は多いのかもしれないな」


 ルイはもう一度「悲しいけどな」と呟いた。

 自嘲するように、つくられた笑みが痛々しかった。合わさった目線を逸らしたくなる。

 が、アルフレッドは、ルイを真っ直ぐに見た。


「策は何もないのだろうか?」


「いや……」


 ルイが口が開こうとしたとき、何やら廊下が騒がしくなった。

 アルフレッドとルイは顔を見合わせ、首を傾げた。


 急くような足音や話し声が混雑する。

 アルフレッドはおもむろに立ち上がると、入り口へと歩いていき、扉を開けた。

 しかし、あと一歩遅く、アルフレッドが扉を開けた時には、廊下を急ぎ行く後ろ姿しか見えなかった。が、身につけている服装から、1番隊の騎士たちだということは判断できた。パルヴィス国の王家に仕える騎士は、隊によって軍服のデザインが違っていた。

 アルフレッドは扉を閉めると、今度は窓の方へと歩みを進める。

 窓から外の景色を眺める。外はちらほら灯りがついているが、それ以外は月明かりだけが頼りだった。


 アルフレッドは目を凝らした。

 視力はいい方だが、さすがに明かりが少ない中では、見えるものも見えない。

 ルイもアルフレッドのそばにやってきた。


「どうしたんだ?」


 ルイが声をかけるのと同時に、アルフレッドが窓に手をつき、目を見張った。ルイもまた、窓に張り付く。

 二人の目に飛び込んできたのは、馬を走らせる騎士隊の姿だった。なぜ、馬に乗っていて、それが騎士だとわかったのかというと、先頭を含め、ちらほらとたいまつを持っている隊員がいたからだ。

 遠目にも出動しているのは1番隊だということがわかる。それもかなりの数だ。ほぼ全員ではないかと思うほど。


「どういうことだ? 何かあったのか?」


「僕は何も聞いてないな。でも、1番隊を動かせるのは、父上くらいなもの……」


「まさか……!」


 アルフレッドは、部屋を飛び出していた。

 脇目もふらず、一目散にとある人物のもとへと走る。途中、人とぶつかりそうになるが、そんなことは気にしていられなかった。


 目的地にたどり着き、扉を叩く。返事はない。

 失礼を承知で扉に手をかける。が、鍵が閉まっているのか、扉はびくともしなかった。

 部屋の中から物音は聞こえない。

 通りかかったメイドに声をかける。


「アーバスノット宰相をご存知ないか?」


「宰相様でしたら、先ほどお出かけになられました」


「出かけた……?」


「はい。騎士隊の方々を連れていらっしゃったようですけど……」


 アルフレッドは目を見開いた。驚きと混乱で頭が真っ白になる。

 混乱した頭のまま、メイドに礼を述べたかどうかもあやふやなまま、覚束ない足取りでなぜかタシャルルのもとへと向かっていた。

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