21 束の間の日常

「起きてる」

「本当だ。起きてる」

「珍しい」

「ラナ、テオ起きてる。珍しい」


 リネットとエリーが日課にやってきた。

 だが、ラナもテオも結局、二度寝することもできず、他愛もない話をして日の出を待っていた。

 リネットとエリーが起こしにやってくるのを、ラナたちが起きて待っていたことはなく、初めて不発に終わった役割に、二人は少々ご立腹のようだ。表情にあからさまに出ていた。


「ごめんなさい、リネット、エリー。来てくれてありがとうございます」


「眠れなかったの?」

「怖い夢見たの?」


 素直なラナの言葉に、リネットとエリーもすぐさま態度をいつも通りに戻す。そこまで怒っていなかったのだろう。そもそも、二人とも波風を立てないタイプではあった。


「そうなんです。テオがうなされてて」


『いやいや、ラナさん? そういうのは普通、言わないものなんじゃないですか?』


「そうなんですか?」


 ラナはとぼけていた。明らかに確信犯だった。リネットとエリーもそのことをわかっているのか、楽しそうにはしゃぐ。テオを揶揄って。






「静かになったね」

「森静かになった。アルいなくなって静かになった」


『やつが来る前に戻っただけだろ』


「寂しい」

「アルいなくなって寂しい」


 先ほどまではしゃいでいたとは思えないくらい、二人はしおらしくなっていた。何かを堪えるように裾を握っている。

 テオとしては、ラナの前で騎士の話題を出すのは避けたかった。ラナの方に視線を向けてみるが、ラナはいつもと変わらない表情を浮かべている。さすがのテオも、今、ラナが何を考えているかはわからなかった。

 ラナが何も言わないのを幸いと、平常心を保ちつつ、ごく自然に話題を変えることを試みる。が、リネットとエリーはすっかり悲しみに入り込んでいた。

 そして、テオの気持ちなど知らない二人は、ラナにも同意を求める。


「ラナも寂しい?」

「アルいなくなって寂しい?」


「寂しい……?」


 ラナは首を傾げた。

 テオの方に目線を向ける。目を丸くしていた。


「寂しい、とはどういう感情ですか?」


 テオは苦笑を浮かべる。眉を下げたテオの表情に、ラナはさらに首を傾けていた。


『うーん、教えてやってもいいけど……今ここで、その気持ちを理解した上で頷かれたら、俺が寂しくなるから、また今度な』


「狭量」

「テオ、狭量なトラ」


『うるさいよ』


 辛辣な言葉を向けてくる妖精たちに、テオは悪態をつく。


「きょうりょうって何?」


 テオは答えなかった。

 リネットとエリーも説明することはできないのか、黙ったまま。

 ラナも深追いすることはなく、この場はこれで終幕した。









 のどかな午後の昼下がりを過ぎ、月がその存在を知らしめる。

 朝が早かったこともあり、ラナもテオも太陽が沈んですぐ、瞼が重くなっていた。

 目を閉じる。刹那、テオが飛び起きるようにして起き上がった。ラナもまた閉じたばかりの目を開け、テオに手を伸ばす。

 森がざわついていた。巣にいたであろう鳥たちが飛び立ち、草木が揺れる。

 夜行性などの性質に関係なく、地上にいるどの動物たちも慌てふためいていた。方向感覚をなくしたかのように、右に行ったり左に向かったり、入り乱れる。


『どうかしたのか?』


 近くを通った動物に声をかける。

 誰も立ち止まらなかった。足を動かしながら、こちらを見ることもせず、叫ぶような声を上げる。


『何か来る!』

『逃げないと!』

『もうそこまで来てる!』

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