18 数日ぶりの日常

 騎士の姿が見えなくなった後、テオとフェリルはしばらくその場に立ち尽くしていた。

 王都に戻ったと見せかけて、ひょっこり姿を現すのではないかと、周囲に気を配る。「嘘でした〜」などと現れた瞬間に、噛みついてやろうと思っていた。

 けれど、気配も匂いもなくなったことは、テオが一番よくわかっていた。


『フェリルは知ってたのか?』


「知ってたって?」


『あいつがここを離れること』


 フェリルは何も言わずに首を振った。


『じゃあ、どうして……』


「森の中の気配は全て察知できるもの。アルがあなたを待っているみたいだったから、連れて行ってあげたまでよ。ただそれだけよ」


 うそぶいている感じはしなかった。何よりここで嘘をついたところで、フェリルに得はない。


「でも、どうしてアルはにラナがいることわかったのかしら?」


『動物たちが騒いでたのを、あの馬が聞いて連れて来たって言ってたぞ』


「そうじゃないわよ。そもそも、この森にたどり着いたことが不思議だわ」


 フェリルの目が光ったような気がした。

 テオは気にしていないかのように、むしろ流し目にフェリルの方を見る。


『そもそも、この森は妖精たちの魔力で覆われているんじゃなかったのか? 簡単に侵入されてたら、わけないな』


 睨み合う。

 二人の間にはバチバチと火花が散るのが見えた。


「テオ……?」


 葉が揺れ、落ちた枝が折れる音がした。

 フェリルと同時に目線を向けると、そこには目を擦りながら、こちらに近づいてくるラナの姿があった。

 一瞬で二人の殺気が消える。


『ラナ、どうした?』


「テオいなかったから」


 顔の表情筋が緩みそうになるのを、グッと堪える。先ほどまで、気が立っていた者とは思えない変わり身の早さだ。

 頭上から鼻で笑う音が聞こえたような気がしたが、テオは気にすることなくラナの方へと足を進めた。


「フェリルとお話ししてたの?」


『あぁ、まぁ……そんなとこだ』


 今度は咳払いが聞こえた。見ると、フェリルが顎で指図する。

 相変わらず腕を組んでいた。

 話せ、ということだろう。そんな義理はないと、テオは思った。そもそも自分が伝えるのではなかったのかと思いながら、テオは重い口を開いた。


『騎士が帰った』


「騎士様? 帰ったって?」


『王都に帰ったんだ。ついさっき』


 ラナはまだ寝ぼけているのか、言葉をうまく咀嚼できていないようだった。


「一度帰るけど、ここに戻ってくるって。アルはあなたに待っていてほしいそうよ」


「待っててほしい?」


 テオは心の中で盛大に舌打ちをした。もちろんフェリルに向けて。


「迎えに戻るから待っていてほしい、って」


 ラナは頷いていた。

 おそらく訳もわからないままに、単に頭が上下に動いただけだろう。

 フェリルも伝えることを伝えられて満足したのか、それ以上言及しなかった。

 何ともありがたい組み合わせだ。

 どちらにしろ、頷いたことに多少の苛立ちは感じていたが、これで日常が戻ってくるのだと、テオはスッキリとした気持ちで朝日を浴びていた。

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