19 謁見はすぐに

 風を切り、大地を駆ける。

 急くアルフレッドの心情を読み取ったかのように、今までで一番速い速度でタシャルルは王都までの道のりを走っていた。ここ数日の身体のなまりなど微塵も感じない。

 急がねば、急いで、王都へ。陛下のもとへ——


 タシャルルを走らせながら、アルフレッドは城にたどり着いてからのことを思案していた。

 何から話せばいいのか。ありのままを話して、納得してもらえるだろうか、と。

 先にルイに相談することも考えた。だが、やはり陛下のもとへ真っ先に向かった方がいいだろうと思われた。


 陛下に好かれていない自覚はあるが、そんな感情を優先させる人ではない。

 国のことを第一に考えられるお方だ。話せばわかってくれるだろう。

 一番の懸念要因は、宰相だった。

 宰相の評判はあまりいいものではなかった。仕事ができないというわけではない。仕事はむしろ完璧すぎるくらいにこなしていた。優秀な男だ。

 ただ、裏の顔も持つのだと、小耳に挟んだことがある。真偽がわからないことから、アルフレッドは何も言わずにいた。今のところ、実害はなかった。

 陛下がたいそう宰相を気に入っていることもまた、疑念の一種だった。

 おそらく、この説得には宰相をいかに納得させられるかが鍵になるだろう。


 ラナを王都へ連れてくるよう言い出したのも、おそらく宰相だろう。

 今思えば、ラナの居場所に関する情報を陛下が持っていたのも、これも宰相の差金のような気がした。






 行きよりも、帰りの方が時間はかからなかった。

 城から森にたどり着くまでは、半信半疑だったのだから無理もない。

 足取りが違いすぎる。実質、行きの時にかけた時間の半分にも満たない時間で、城に戻ってきていた。


 陛下との謁見はすぐに叶った。

 アルフレッドの帰りを待っていたようだ。戻ってきたということは、もちろん成果があったと思っているのだろう。

 顔を上げるよう指示した陛下の顔には笑みが浮かべられていた。


「よくぞ、無事戻った」


 陛下のみが座ることを許された重厚な椅子に腰かけ、穏やかな声色でアルフレッドに声をかける。陛下の目の前に跪き、感謝の意としてアルフレッドは軽く頭を下げた。

 ここには、陛下とアルフレッド以外に、アーバスノット宰相が居合わせた。宰相は壁に沿うように立っている。


「で、例の少女は連れ戻ったのか?」


「そのことに関しまして、陛下にお伝えしなければならないことがございます」


 アルフレッドはことの経緯いきさつを説明した。

 ラナ・セルラノのこと。その能力のこと。能力がもたらし得る最悪の事態のこと。彼女自身が脅威になることはありえないこと。

 国のために、と想いをこめて言葉にする。

 何度も何度も繰り返しシミュレーションしたはずの言葉は、その通りには出てこなかったが、それでも伝えるべきことは伝えられたはずだ。

 陛下はアルフレッドの言葉に耳を傾けていた。


 アルフレッドは、いつ宰相が口を挟んでくるかと様子を伺っていた。

 有益な情報を持ち帰ったとはいえ、実質、本来の命令には従っていない。そのことを言及してくるだろうと読んでいた。が、アルフレッドの予想に反して、宰相は口を開くことはなかった。横目で盗み見ると、笑顔を浮かべ、アルフレッドの話に相槌を打っていた。それはそれで不気味に思う。


「ラナ・セルラノの安全が保証されない限り、彼女をあの場所から出すのは、彼女にとっても国にとっても危険を及ぼす可能性があります。最悪の事態が起きてしまう前に、何か策を!」


「陛下、発言の許可をいただけますでしょうか」


 アルフレッドの眉がピクリと動く。

 陛下は宰相の方に目を向けると、黙ったまま頷いた。

 ここで出てくるか、とアルフレッドは警戒を強める。一体、何を言ってくるのだろうか。


「デラクール殿の話によると、ラナ・セルラノは妖精をも味方につけているとのことです。その力をもってすれば、ご自分の身を守ることなど容易いかと。味方は妖精だけでしょうか? 他にももっと仲間がいるのでしたら、力を借りればいいだけの話です。そうですね……例えば、竜はどうなのです?」


「それはあり得ません。彼女は竜に嫌われているそうなので、それは無理かと」


「そうですか……そんな簡単な話ではなかったようです。失礼いたしました。では、この話は一旦保留にした方がいいかと。今ここで最適な解決策が出るとも思えません。少し時間をかけて考えた方がいいでしょう。いかがでしょうか、陛下」


 陛下はやはりただ黙って頷いていた。


「デラクール殿もそれでよろしいか?」


「……はい」


 頷くしかなかった。

 ひとまず、考えてもらえることになっただけいいと思うべきか。

 宰相が何やら楽しそうに口角を上げていることだけが気がかりだった。

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