17 自分なりの方法で
「起きなさい」
いつもと違う刺々しい朝の目覚ましに、テオは重たい瞼を持ち上げる。
リネットとエリーの声ではない。二人以外に、早朝に訪れた者はこれまでになく、馴染みのある物言いに、それがフェリルだと気づくまでに少し時間を要した。
『どうしたんだ、フェリル。早いじゃないか。というか、珍しいな』
明日は雨か? などと冗談を言ってみるが、フェリルはくすりとも笑わない。寝起きで調子が出なかっただろうかと、テオは首を傾げた。
例の如く、ラナはまだ起きていない。あの程度の声ではラナは起きない。
気持ちよさそうに寝息をたてるラナを起こすのは気が引けたが、心を鬼にして、テオはラナを起こそうと顔を近づける。が、そんなテオをフェリルが制した。
「テオだけでいいわ。ついてきなさい」
『どこに?』
「あなたにお客様よ」
『客……?』
(こんな早朝に、誰が来るというのか)
ラナを起こさないように、テオは身体を起こす。触れていた温もりが、ほんのわずかな余韻を残して消える。
何も聞かされないまま、テオはフェリルの後を大人しくついていった。
森の奥まったところから出て、視界に湖が広がったところで、その人は待っていた。
「朝早くに申し訳ない」
漆黒の愛馬を引き連れ、自身も全身に黒を纏った人物が静かに佇んでいた。
瞬時、テオに緊張感が走る。が、目の前の騎士は、表情も、雰囲気もいつもとは違っていた。これまでで一番、穏やかな空気を纏っているように思える。テオは拍子抜けするように、肩の力をほんの少しだけ抜いた。
フェリルが言っていたお客というのは、騎士なのだろうか。フェリルに目線を向けるが、フェリルは口を閉ざしたままだった。
「挨拶に参りました」
『……挨拶?』
テオの眉間にシワが寄る。フェリルは通訳してくれなかった。
アルフレッドは気にせず続ける。
「私はこれから王都に戻ります」
その言葉に、テオは反射的に警戒心を強めた。前傾姿勢になり、威嚇するように唸る。
テオの反応に、言葉がなくとも理解したのか、訂正するようにアルフレッドが片手を前に出す。
「ラナを一緒に、という話ではありません。いや、いずれはそうしたいが、今ではない」
テオがさらに表情を歪める。
言葉の意図がわからない。後半に関しては、聞き流した。
「どういう意味かしら?」
待ちきれないと言わんばかりにフェリルが口を挟む。
フェリルはここに来てからずっと腕を組んでいた。
「そのままの意味です、フェリル様。私は一度、王都へ戻ります」
「諦める、ということかしら?」
「いえ、それは違います。私は、私のなすべきことをすることに致しました。国のためにも、ラナのためにもそうすべきと判断しました。フェリル様の御助言のおかげで、気づくことができたのです」
騎士はフェリルに感謝の言葉を述べると、軽く頭を下げた。
テオがフェリルを睨みつける。
「あたしは何も言ってないわよ」フェリルは肩をすぼめていた。
「根本的な問題を解決しなければ、ラナはこの先もずっと狙われ続けるし、危険が伴うと思います。不安要素を取り除かなければ、ラナに自由はない。私はラナに自由になってほしい。自由を手にしてほしい。テオ殿がテオ殿のやり方でラナを守っているように、私は私で、自分のできることで、自分のやり方でラナを守ることに致しました。なすべきことをなしたら……その時、改めて迎えにきたいと思います。ですので、」
騎士は一度言葉を切り、姿勢を正した。足を揃え、背筋を伸ばす。
そして、テオを見た。真っ直ぐに。射抜くように。
「勝手なお願いとは重々承知の上で、テオ殿に頼みたい。ラナをよろしくお願いします」
騎士は深々と頭を下げた。背筋は伸びたまま、垂直に。
テオは目を丸くしていた。光景もだが、騎士がテオに依頼したことも理解できなかった。
『お前に言われるまでもない』
「だそうよ」
フェリルは気まぐれのように、テオの言葉を伝えてくれた。
顔を上げた騎士は、笑みを浮かべていた。その顔はやけにスッキリしているように見えた。
『お前のその気持ちは、守りたいだけか?』
フェリルの方に視線を投げると、渋々通訳してくれた。
騎士は少し考えるような仕草をしてから、すぐに答えた。
「守りたいという気持ちが大きいですが、そうですね……強いていうなら、彼女の笑顔を自分にも向けてほしい、とは思っています」
テオは嘲笑うように鼻を鳴らした。
『百万年早いわ』
「そうね。テオだって、ラナに懐かれるまで、相当時間を要したものね」
『おい! 何バラしてんだよ!』
テオがフェリルに唸っている時、騎士は驚いたように目を見開いていた。
右手を口元へと持っていき、頭を捻る。
「そうでしたか……それはなかなか大変だ……でも、裏を返せば、私にも可能性はあるということですね」
独り言のように呟く。納得するかのように、何度も頷いていた。
耳のいいテオには、騎士の声は全て届いていた。可能性があったとしても、全てへし折ってやるよ、と内心悪態をつく。
「ラナに挨拶していかないの?」
フェリルが話を変える。相変わらずマイペースだ。
「今生の別れではないので……勝手に訪れて、勝手にいなくなることへの詫びは、また会えた時に私から伝えることに致します」
「『迎えに戻るので待っていてほしい』とは、伝えなくていいかしら?」
『いや、だからね? 何を余計なことを言ってくれてるのかな?』
「いいじゃない。これくらい」
『お前はどっちの味方なんだよ……』
「もちろん『フェリル様』と呼んでくれる、アルの味方に決まってるわ」
そんな単純な話なのか、と思う。が、そうだ。忘れていた。フェリルはちょろいのだ。
二人の問答の傍らで、笑い声が聞こえた。
視線を向けると、アルフレッドがおかしそうに笑っている。フェリルの声しか聞こえていないはずだが、それだけでも何の話をしているのか、おおよそ見当がついたのだろう。
「フェリル様がよろしければ、そのようにお伝えいただけますと幸いです」
それだけを言い残すと、騎士はタシャルルに乗り、森を後にした。
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