III 本当の姿

16 決断の時

 辺りは静けさに包まれていた。時折吹く風の音だけが鼓膜を振動させる。

 夜行性の動物たちも近くにはいないのか、そばで眠っているタシャルルと自分以外、ここには何も存在しないのではないかと錯覚しそうになる。

 空を見上げれば、暗闇の中に散りばめられた星が輝いていた。その光を全て吸収したかのように、半分に欠けた月もまた、負けじと明かりを届けてくれていた。


 アルフレッドは寝付けずにいた。もっとも、ここに来てから熟睡はしていなかったが。

 フェリルたちが森を守ってくれているので、他の任務で野宿をするよりもずっと安全ではあった。

 安心できる環境に感謝しつつ、冴えた頭でフェリルの言葉を反芻する。


 ——ここにたどり着いた時、傷だらけだった——


 ——動物たちに襲われたのよ——


 ——言葉が通じたら危害が加えられないとでも?——


 改めて言葉に触れると、より重くのしかかる感覚を覚えた。

 フェリルの力強い口調もまた、重みを増す。


 アルフレッドは静かに目を閉じた。

 王命を受けてから、これまでのことに思考を巡らせる。


 自分たちは、何か大きなものを見落としていたのではないだろうか——

 勘違いしていたのではないだろうか——

 何も知らず、見るべきものも見ないまま、見ようとしないまま、自分たちの都合のいいように解釈しすぎていたのではないだろうか——


 動物と話せる少女ラナを王国へと引き連れたとして、いや、そうしてしまうことで、敵を増やすことになるのではないだろうか——

 なぜそのことに気づかなかったのだろう——


 そんなことを考える一方で、アルフレッドは、そのことがラナにとっても最悪の事態を及ぼす可能性があることを懸念していた。ラナに危害が及ぶかもしれない、と。

 本人はほぼ無意識に頭を働かせていたので、ラナのことを考えている比重の方が大きいことには気づいていない。


 アルフレッドの空気に当てられたのか、そばで眠っていたタシャルルが目を覚ます。

 様子を伺うように、アルフレッドの顔を覗き込んだ。


「悪い、起こしたか?」


 タシャルルは首を振った。——アルフレッドにはそう見えた。

 任務を達成できないまま、数日が過ぎている。タシャルルを付き合わせていることも気がかりだった。ありがたいことに、フェリルからタシャルルのご飯にしていいと、牧草の生えている場所は教えてもらっていた。けれどやはり、環境も変われば、ストレスも多少はかかるだろう。


「タシャルル、悪い……」


 付き合わせた挙句、アルフレッドは命に背こうとしていた。

 タシャルルは、目を細め、おでこをアルフレッドの頬へと擦り寄せた。


「まだ、間に合うだろうか」


 ぽつりと弱音をこぼす。

 タシャルルがアルフレッドの顔を覗き込み、目が合う。


『間に合わせるのでしょう?』


 そう言われているような気がした。

 アルフレッドはふっと笑みをこぼす。タシャルルは何でもお見通しのようだ。

 アルフレッドはもう一度、謝罪の言葉を落とした。


「もう少し、俺のわがままに付き合ってくれ」

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