14 諦めろと言われているような気がしてなりません

「難航してるみたいね」


 ラナが戻った後、フェリルはアルフレッドのもとに残った。

 自分が邪魔をしたことなど気づいていないかのように、アルフレッドに同情するような口調でフェリルが言った。


「ラナを攻略しようなんて、難易度高すぎるわ。無謀と言ってもいいわね」


「……そんなに可能性ないでしょうか?」


「あなたに魅力がないわけじゃないの。あの子の問題なのよ。アドバイスできることといえば、そうね……正攻法ではダメでしょうね。かといって、遠回しに伝えたのでもダメ。ストレートでも、そうでなくても伝わらないのよ」


「それは……」


 他に方法がないと言われているような気がした。


「諦めろ、とおっしゃられていますか?」


「そうじゃないけど……あなたは悪い人じゃないと思っているわ。だからこそ、時間の無駄になることをしてほしくないのかもしれないわね」


 フェリルは、紅い瞳をアルフレッドに向ける。


「あなたが目的のためだけに、ラナに結婚を申し込んでいるのならやめなさい。ラナはぼんやりしてるけど頭の悪い子じゃないから、利用されたと知れば傷つく。古傷は抉らせない。そんなことをすれば、あたしたちも黙っちゃいないわ」


 力強い口調に、強い意志を感じた。

 アルフレッドが降りたことでスペースができたといわんばかりに、タシャルルの胴体に腰掛け、足を組んでいる。目線はアルフレッドと変わらない——むしろ、アルフレッドの方が高いくらいなのに、フェリルは見下ろしているかのような威圧感を与えていた。

 妖精を敵に回すことが、どういう意味を示すのかはアルフレッドもよく知っている。

 何と答えるのが得策なのかを思案する。けれど、アルフレッドが口を開くよりも前に、フェリルが続けた。纏う空気が少しだけ和らいだ気がした。


「そもそも、あの子が以外の場所で生きていけるなんて思えない。あの子は、から出られないのよ」


「それはどういう意味ですか?」


「ここは、あたしたちの魔力で覆っているの。危ないものの方が多いのだから、自分たちの身は自分たちで守らなきゃでしょう? 通常、外部のものは入れないことになってるのよ」


 アルフレッドは目を丸くし、首を傾げる。


「ではなぜ、私は入れたのでしょう?」


「どうしてかしらね。それはあたしにもわからない。魔力が手薄になっていたのかもしれないし……もちろん、すでに補強済みよ」


 ドヤ顔を決め込むが、それでもやはり気まずさは拭えないのか、「あなたでよかったわ」と呟いた。アルフレッドは聞こえていないふりをした。


「とにかく、外は危険なところなの。ラナだって……ここにたどり着いた時は傷だらけだったの。テオも……」


「どういうことです?」


 濁すように押し黙ったフェリルに、すかさずアルフレッドが口を挟む。


「動物たちに襲われたのよ」


 今度はアルフレッドの口が閉ざされる。

 にわかには信じられない言葉に、息を呑む。

 真偽を確かめなくてはと思い、やっとのことで出た言葉は「え、でも彼女は……」だけだった。


「言葉を持ってるって? 言葉が通じれば、危害を加えられないとでもおっしゃられるの? 人間同士ですら争うのに? それはちょっと考えが短絡的やすぎないかしら?」


 黙り込むアルフレッドに、フェリルがすぐさま訂正を入れる。


「ごめんなさい、責めているわけじゃないの。言葉がわかるからと言って、それが全てではないってことをわかってほしいわ。むしろ、どちらの言葉もわかるからこそ、どちらからも狙われる存在もいるということを理解して。あなたたちが思っているよりも便利なものでもなければ、甘い話じゃないってこと」


 全てを見透かしているような物言いだった。

 傲慢さなど微塵も感じない、けれどとても強い口調で言い放つ。

 フェリルには、ラナを王都に連れて行く、ということしか告げていないはずなのに、目的も思惑も全てお見通しだと言われているようだった。

 名ばかりとはいえ、森を統べるもの——というのはあながち間違いではないらしい。


「ラナはここにいれば安全なの。あの子がそれを理解しているのかどうかはわからないけど、あんな目に遭ったんだもの、さすがに恐怖心はあるでしょう」


「私が最初に申し出た時に、その話をしてくれていれば……」


「大人しく手ぶらで帰った? 無理でしょうね。そして、そんな自分に不利になるようなことを初対面のあなたに言わないでしょ」


 ラナがそこまで考えて言葉を発しているとも思えなかったが、フェリルの話は頷けた。


「妖精とも親しい関係を築けるのですから、その力を味方にして外に出ることも可能なのではないのですか? 彼女が願えば、竜の力だって……」


 アルフレッドの言葉を遮るように、フェリルが首を振った。

 浮かない表情をしている。


「竜はだめなの。嫌われているって、ラナ本人が言っていたわ」


「嫌われている……? それはどういう……」


「さぁ。詳しいことは聞いてないから、あたしにもわからないわ。それに、本人はあまり外に出たいという気持ちもなさそうよ」


 フェリルは、やはり諦めた方がいい、と言っているような気がした。

 さらに、心を折るようなことを口にする。


「それに、テオはラナの命の恩人だからね。ラナの最初の理解者であり、心を許した存在。ラナの一番はテオなの。その座を奪うのは難しいわよ」


「命の恩人というのは、ここへやってきた時のことと関係しますか?」


「えぇ。テオがここまでラナを連れてきたの。自分も大怪我を負っていながら、あたしたちにラナを任せると言って、そのまま気を失ったわ。もはや執念ね」


 ラナとテオは、この森で出会ったのだとばかり思っていた。

 二人の出会いはもっと以前に始まっていたらしい。ここに来るまでに二人に起きたことは、妖精たちも知らないのだろう。ラナ、もしくはテオに聞くしかない。どちらも話してくれるとは思えなかった。

 以前、リネットとエリーが言っていた『テオはラナの救世主』というのはそういうことだったのだろう。

 ラナとテオの間には、絆のようなものを感じていた。

 そこに入り込む隙は……そう考えて、アルフレッドは自嘲した。

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