13 デートですが、やはり空気を読んではくれません
ラナの要望で、一度戻ったアルフレッドは、タシャルルを連れていた。
落ち合う予定だった場所にはラナの姿しかなく、ほっと胸を撫でおろす。
アルフレッドに気づくと、ラナは顔を綻ばせた。その表情に、アルフレッドはドキリとする。
真っ直ぐこちらへと向かってくるラナに、さらに鼓動が速くなる。
「タシャルル、こんにちは」
迷うことなく、ラナはタシャルルに一目散に向かった。
アルフレッドは、自分の間抜けさに肩を落とす。わかっていました、わかっていましたとも、と言い聞かせるように心の中で呟く。
「アル、わがままを聞いてくださって、ありがとうございます」
「いえ、このくらいわけないですよ」
笑みを浮かべ、気丈に振る舞う。
ラナはもう一度お礼を告げると、タシャルルの方に視線を戻した。小さなラナは、タシャルルに触れるために背伸びをする。
「タシャルル……アルから聞いていますか? 許可してくださって、ありがとうございます。よろしくお願いします」
ラナはタシャルルとおでこを合わせた。
目を閉じている横顔は、とても穏やかだった。
「アル、よろしくお願いします」
見惚れていたところに声がかかり、驚きの中、我に返る。
気を取り直して、ラナの前に立つ。一言断ってから、アルフレッドはラナを抱き上げた。そのままタシャルルにその身体を乗せる。思った以上に軽かった。
アルフレッドもタシャルルに跨がる。手綱を手にすると、腕の中に小さな身体が収まる。
タシャルルに自分以外の誰かを乗せたのは初めてのことで、不思議な感覚にとらわれていた。
話をする時間を——と申し出て、ザックが気を使って二人だけにしてくれたにもかかわらず、ラナはタシャルルに乗せてほしい、と言った。テオを説得してくれたこともすぐに相殺される。テオが鼻で笑っているところが想像できた。
アルフレッドの真意に気付いていないラナにため息をつくが、目を輝かせている姿を見たら、断ることもできず、気付いた時には頷いた後だった。
おかげで、嬉しそうな顔が見られたので、それはそれでよしとすることにした。
「タシャルルはとてもいい子ですね」
「ありがとうございます。自慢の愛馬です」
「タシャルルもアルの話をする時、とても楽しそうです。信頼していることも伝わってきます」
感じていたことではあるが、言葉がわかるラナから改めて聞かされると、照れくささを感じた。
だが、照れている場合ではない。アルフレッドは、気を取り直して口を開く。
「タシャルルの話もいいですが、ラナ、あなたの話をお聞かせ願えませんか?」
「アルは普段からそんな喋り方をしているのですか?」
「え……?」
質問が質問になって返ってくる。
ラナの言葉の意図がわからず、アルフレッドは小首を傾げた。
「アル、無理をしているように見えます。あ、でも、勘違いだったらごめんなさい」
ラナはペコリと頭を下げると、何事もなかったかのように視線を前に向けた。
上から見えるラナの表情からは、その心情を読み取ることはできない。
アルフレッドは心拍数が上がっていた。驚きのせいだと言い聞かせる。
「無理はしていないのですが、そうですね……もしよろしければ、ラフな喋り方をしてもいいでしょうか?」
ルイ曰く、親交を深めたければ、堅苦しい話し方よりは砕けた話し方の方がいい、とのことだ。
ラナに効果があるかはわからないが、試してみる手はない。
ありがたいことに、ラナは頷いてくれた。
「ありがとう」
アルフレッドは笑顔を浮かべ、話を戻す。
「ラナは普段、何をして過ごしてるんだ?」
「テオとお昼寝したり、妖精さんたちとお話したり、テオとお散歩したり、ザックさんのところに行ったり、あとはテオと……」
「ラナはいつもホワイトタイガーと一緒なのですね」
「はい。テオはいつも一緒にいてくれます」
ラナの表情が少しだけ緩む。ほんの一瞬のことだった。
見間違いかと思うほどにわずかな変化、わずかな時間の出来事で、アルフレッドは目を
タシャルルと話している時も穏やかな印象を受けたが、テオのこととなると、いつもの無表情もさらに柔らかいものに変わる。その顔がアルフレッドに向けられることはない。テオのことを羨ましいと思った。それを自分に向けられたら……そこまで考えて、アルフレッドは首を振る。自分が絆されてどうする、と自分で自分を殴っておいた。
「あなたがここで生活しているのは、ホワイトタイガーが理由ですか?」
「いえ……どちらかといえば、テオがわたしに合わせてくれているんです」
「それはどういう……」
「フェリル様を差し置いて、楽しそうなことしてるじゃない」
甲高い声が響く。
ラナとアルフレッドの間に、赤が割り込む。うさぎの耳のようなツインテールが、ぴょこんと跳ねた。
「フェリル?」
「フェリル様……」
腰に手を当て、胸を張るフェリルに、アルフレッドは気づかれないようにため息をついた。
一番の難関だと思っていたテオを切り抜けられて、ホッとしていたところだったのに。
まさか、こういう時ですら空気を読んでくれないとは思わなかった。この話をしていた時、フェリルは眠っていた——振り落とされ、気を失っていたともいう——ので仕方ないとも言えるが。
「あたしも混ぜなさい!」
強気で、マイペースなところは健在のようだ。
ラナがフェリルからアルフレッドに視線を移す。アルフレッドに許可を求めているようだった。
ラナにはこれがデートだということがわかっていないのだと、アルフレッドは本日二度目のため息をつきながら、承諾の意味で頷いた。
フェリルはラナの肩の上に乗った。自分で飛ぶのはあまり好まないらしい。怠惰、などとは思っていたとしても口には出せない。
フェリルがやってきてから、案の定というか、フェリル主導で話が進んでいた。むしろ、フェリルしか話していなかった。ラナはもともと口数が多い方ではないし、アルフレッドも聞き役に回っていた。
本来の目的がなされることなく、フェリルについて詳しくなったとか。
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