10 プランBに移行します

 ラナの分に加え、アルフレッドの分まで用意してくれたパンを受け取り、ザックの家を後にしようとしたところで、ザックが何かを思い出したかのように声を上げ、ちょっと待っているようにと言い残して、家の中へと戻っていた。

 フェリルはおやつを食べて満足したのか、眠っていた。アルフレッドの肩の上ですやすやと心地良さそうな寝息を立てている。


 しばらくして、何かを手にしたザックが戻ってきた。

 持っていた袋をラナに——正確にはテオの背へと乗せる。


「ラナにって預かってたの忘れてた」


「ありがとうって」

「テオがありがとうって言ってる」


 テオの言葉を代弁する妖精たちに次ぎ、ラナも「いつもありがとうございます」とペコっと頭を下げる。


「ザック殿、そちらは?」


「あぁ、ラナの服だよ。うちの倅のお下がりだけどな」


 アルフレッドが驚いたように目を丸くすると、「こう見えて妻子持ちなんだよ」と笑った。

 この家にそんな気配はなかった。ザックは、今は離れて暮らしている、とだけ説明した。声に重苦しさは感じられなかった。


 ラナが着ているものに関しては、これも疑問に思っていたことだった。

 高価なものではないが、着古されているようなものでもなかった。ラナが自ら調達できるとも思えず、繕えるとも思えなかった。

 もしや、これも妖精の力で? と想像していた考えは、一蹴される。食料同様、ザックから支給されていたのだ。スッと入り込むように、腑に落ちた。


「なるほど、だから彼女は男物を着ていたのですね」


 ラナは襟がついたシャツに、ゆるっとしたズボンの裾を捲って履いていた。風よけなのか、シャツの上にショート丈のマントを羽織っている。

 近くでラナを初めて見た時、男の子と間違えそうになったくらいだ。


 軽い気持ちで口から出た言葉に、ザックは眉を下げていた。


「いや、それは……」


 ザックは言い淀み、テオを見た。

 テオは知らん顔をしている。


「テオ、だめ」

「ラナ、よく転ぶ。だからズボンしか履かない。テオがだめだって」


 ザックの気遣いは、妖精たちの無邪気さの前には無意味だった。

 バラしてしまったのならもういいだろう、とザックも飲み込んだ言葉を表に放出する。


「おまけに長い丈のものを御所望されたんで、見繕ってラナに渡してるってわけだ。せっかくなら可愛いカッコもさせてやりたいんだがな。過保護なトラなんだよ、テオは」


「過保護」

「テオ、過保護」


 はしゃぐ妖精たちをテオは睨んだ。

 だめだと言われているからといって、ラナも文句を言わずにそれに従っているらしい。あまり関心はなさそうだったので、言うことを聞いているというよりは、着るものに頓着がないのだろう。


「しかし、こんな過保護なトラがそばについてるんだ。兄ちゃんも苦労するな」


「苦労、とは?」


「テオみたいな小姑がいるんだ。苦労するだろ。……って、兄ちゃん、ラナを嫁にもらおうとしてるんじゃないのか?」


「はい?」


 テオの耳がピクリと動き、眉根を寄せる。アルフレッドではなく、ザックに鋭い目を向ける。

『余計なことを言うな』とでも言いたげだ。


「単身乗り込んでくるってことは、てっきりそういうことかと」


「いえ、」


 否定しかけて、アルフレッドは口を閉ざした。

 陛下から、ラナを連れてくるようにと命を受けた時のことを思い出していた。

 この任務の説明を受けていた際、内容に加え、ラナを連れ帰る方法について、いくつか助言をもらっていた。その中に、確か『婚約』も含まれていたはずだ。婚姻を結べば、『国』に置いておくことができるからだろう。その魂胆は見え透いていた。恐らく陛下ではなく、アーバスノット宰相の入れ知恵だろう。相手にアルフレッドを選んでいるあたり、奥底の思惑を感じずにはいられなかった。

 そもそも、婚姻を結んだからといって、王都へ連れ帰る絶対的な理由にはなり得ない。その辺はうまくやれ、ということだろうか。


 アルフレッドは、気づかれないように笑いをこぼした。

 思惑に流されるような気がして、いい気はしなかったが、現時点で他に方法もない。

 プランBに移行してみるのも悪くないだろう。


「確かに、それも悪くないですね。陛下から許可もいただいておりますし」


 アルフレッドは唸るテオを横目に、ラナの前に膝をついた。

 首を傾げるラナの手を取る。


「ラナ・セルラノ。私と——アルフレッド・デラクールと結婚してはくださいませんか?」


 その直後、テオがアルフレッドに飛びかかり、大惨事となった。

 いや、もしかすると、アルフレッドの言葉を最後まで待たずに、テオは飛び出していたかもしれない。

 ザックが止めてくれたので、かすり傷程度ですんだことは幸いと言えよう。

 しかし、ラナの返事を聞きそびれていた。言葉が届いていたのかも判然としない。

 テオが飛びかかってきた衝撃でアルフレッドの肩に乗っていたフェリルが草むらに落ちたのだが、そのことに気づいたのは少し時間が経ってからだったとか。

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