II ラナとテオ
11 まずは話し合うところから
数分前に出たばかりのザックの家に、再び上がりこむ。
アルフレッドがザックの手当てを受けている間、ラナに宥められていたテオは、終始アルフレッドを睨みつけていた。
双方落ち着いたところで席に着く。
アルフレッドの向かい側にテオが座り、通訳としてエリーが二人の間に置かれた。
当該者であるラナはこの場にはいなかった。ザックの家の庭で、リネットと一緒に遊んでいる。
フェリルは部屋の片隅で寝息を立てていた。
「えーと、まずは話し合うところから始めよう」
ザックが切り出す。
『話し合うことなんて何もない。そもそもザックが余計なこと言うからだぞ! 取り消せ!』
「って、テオが言ってる」
困ったようにザックが眉を下げ、アルフレッドを見た。
ザックは椅子に座らず、エリーの向かい、アルフレッドとテオの間に立ち、その名のとおり板挟みにされていた。
「取り消せと言われてもな……兄ちゃん、取り消させてくれるかい?」
「無理ですね」
速攻で断言するアルフレッドに、テオが飛びかかりそうになる。が、ザックのたくましい腕に捕まり、アルフレッドには届かない。最短距離であるテーブルを越えなかったあたり、教育が行き届いているということか。
「本人の意思を優先すべきではないでしょうか?」
『意思? ラナが断ったら、諦めるんだな? ラナは断る、絶対に』
「まぁまぁ、そう焦らず。少しくらい私にチャンスをくださってもいいじゃないですか」
『そんな取ってつけたようなチャンスなんか、湖に流してしまえ! どうせ気持ちなんてないくせに』
「気持ちがないままに結婚することは珍しいことではないですね。政略結婚は多くがそうだ。けれどもし、気持ちも必要ということであれば、それを与えることを私は惜しみません」
『政略結婚……そうだ。王族専属の騎士様は、ご令嬢の相手してろよ。それに、そんな勝手に結婚決めていいものなのか?』
問答が続いた後、エリーの声を受け、ザックがアルフレッドの方を見た。
アルフレッドは気にせず口を開く。
「確かに私は王家に仕えていますが、それは名ばかりなのです。本来、私はフリーの騎士として働いております。幼い頃から王太子殿下とは親しくさせていただいておりまして、彼の命で騎士団に籍を置いているだけなのです。副隊長という地位を与えられたのは、彼なりの縛りでしょうね。私としても、いざというときは名乗らせていただいている次第です」
『なるほど、本当に
「問題ありません。隠すことでもありませんので。それに、先ほども申し上げましたとおり、結婚に関しましては陛下から許可が出ています」
それだけ言うと、話は終わったとでもいうように、アルフレッドはおもむろに席を立ち、外へと飛び出した。
ラナを探す。その姿は簡単に見つけることができた。
「ラナ・セルラノ」
リネットと白い花を摘んで遊んでいたラナが顔を上げる。
アルフレッドは、ラナのもとまで近寄り、目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「ラナ・セルラノ……いや、ラナとお呼びしてもよろしいですか?」
アルフレッドの問いかけに、ラナは小さく頷く。
「私のことは、アルとお呼びください」
「アル……さん?」
「敬称など必要ありません。ただ、アルと」
アルフレッドの目を真っ直ぐ見つめたラナが、「アル」と呟く。
アルフレッドは満面の笑みを浮かべた。
「ラナ、私にあなたのことを教えていただけないでしょうか? そして叶うなら、私のことも知ってほしい。もし許可をいただけるなら、ゆっくりお話しする時間をいただきたいのですが」
「お話……」
アルフレッドの背後へと投げられたラナの視線を追う。ザックに取り押さえられながら、こちらに向かってくるテオの姿があった。
ラナへと視線を戻す。ラナはテオを真っ直ぐ見つめていた。行ってもいい? と問うような目をしている。
テオの許可がいるのだろうか、とアルフレッドは改めて思った。婚約についてもそうだ。なぜ一匹のホワイトタイガーに許可を乞う必要があるのだろうか。テオがラナに対して、過保護だからだろうか。そんなことを考える。
テオはもちろん『ノー』というだろうと思っていた。
が、ラナはアルフレッドの方に視線を戻すと、先ほどと同じように小さく頷いた。
「わかりました」
「本当ですか? ありがとうございます」
無意識のうちに緊張していたのか、ラナの返事を聞くや否や、アルフレッドは解れるように表情が緩むのを感じていた。
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