第34話 ハンバーガーとプライド~美桜~


 「異常はありませんでした。退院していいですよ」


 眼鏡をかけたイケメン先生がそう太鼓判を押してくれたので、私は無事に退院する事が出来た。横で検査結果を聞いていた専務も安心したらしく胸を撫で下ろしていた。


 「やっと帰れます」


 診察室を出て、病室に戻りながら私は早く帰りたくて仕方がない。


 「やっとって…たった一晩だけだろ」


 「病院食も美味しかったですけど、おかわり出来なくてお腹が…」


 「お前の頭の中はメシしかないのかっ!」


 「それ以外、ありませんが。何か問題が?」


 意外にも病院食が美味しくて、おかわりしたいくらいだったけど、流石に私も自重した。今日は朝から検査があったから朝ご飯は食べていないのだ。おまけに時間はお昼に近い。


 すでに私の胃袋は限界でっすっ!


 「専務。お腹が空きました。帰る前にどこかでご飯を食べたいです。てか、連れて行け。でないとここで専務が引くくらい床の上を転がりながら泣き喚きます」


 「どう言う、脅しだっ!大人気ないとか思わないのか?」


 「美味しいご飯の為なら、止む無しなんです」


 そう、すべてはご飯の為だから仕方がない事。家までなんてとうてい待てない。途中で暴れちゃうぞ。


 その強い意思を感じ取った専務ははぁ~と大きなため息をつくと「何が食いたいんだ?」と聞いてきた。


 「ハンバーガーっ!」


 そう、今私は無性にハンバーガーな気分だ。あの全国どこにでもあるハンバーガー店のハンバーガーが食べたいっ!それを告げると専務が「じゃあ、ドライブスルーでいいか?」と聞いてきたので力強く頷く。


 病室に戻って、着替えて荷物をまとめれば終わり。一晩だけの入院だったから荷物もさしてない。


 「お待たせしました」


 廊下で待っていた専務に声をかけると、そのまま駐車場に連れて行かれる。


 「あの、清算は?」


 不思議に思って聞いてみると「もう済ませてある」との解答。


 流石、専務。やる事にソツがない。


 と言う訳で、私はようやく待ちに待ったご飯タイム。お店で一番大きなハンバーガーを二つとサイドメニューはポテト。そしてウーロン茶を頼む。もちろんサイズアップして貰う。更にナゲットとパンケーキをつけちゃいますよ。専務が「こんなに食うのかよ」的顔で見てるけど、気にしなーい。私はお腹が空いているんで。専務も自分のお昼用にセットを注文してた。


 頼んだハンバーガーが私の膝の上に置かれると、食欲を刺激される匂いが車内に広がる。


 私は早速、袋を開くとガサガサと中のハンバーガーを取り出す。


 「いただきます」


 大きく口を開けて、自分が頼んだハンバーガーにかぶりつく。


 この専務の前で大口開けて、ハンバーガーにかぶりつける女は私以外いないね。


 モグモグと食べていると、専務が「おい、こら」と軽く小突いてくる。


 「なんですか?私は今忙しいんですが」


 主に自分のお腹を満たす事で。


 「一人だけ、美味そうに食ってんじゃねぇよ。俺の分もよこせ」


 「えぇ~、メンド…」


 自分が食べる事に集中したいのに…しょうがないなぁ~


 私は専務の注文したハンバーガーを取り出すと、それを手渡そうとした。だが、専務は…


 「両手が塞がってるんだがっ!」


 「じゃあ、家に帰ってから食べます?」


 「俺も腹が減ってんだよっ!その紙、半分剥いて渡せっ!」


 「注文が細かいですねぇ」


 小姑かっ!て言いたくなるのをグッと堪えて、私は言われた通りにハンバーガーを包んでいる紙を半分剥くと専務に渡す。


 それを受け取った専務は器用に片手で運転しながら、ハンバーガーを食べている。たったの三口でハンバーガーを食べ終わった専務は包み紙を私によこしてくる。


 捨てておけって事ですね。わかります。


 私は包み紙を畳んで、商品が入っていた紙袋に入れた。


 「コーヒー」


 コーヒー下さいとか言って欲しいんですがっ!?


 私はストローを差すとコーヒーを専務に手渡す。ストローを差して渡したのは、文句を言われない為だ。


 胃袋を満たしつつ、私達が帰宅すると専務のスマホが鳴った。


 「佐原、どうした?」


 電話の相手は佐原さんですか。何か仕事でトラブル?


 気になって専務を見ていたら、専務が小声で「お前は休んでろ」と軽く手を振って追い払われた。


 話しながら、自分の部屋に入った専務。私はまだ食べきっていなかったポテトとナゲットとパンケーキをリビングのソファーに座って、テレビなんぞ観ながら平らげる。


 食べ終わって、満腹になったお腹を撫でていると専務がリビングに戻ってきた。


 「食べ終わったなら、片付けろよ」


 テーブルの上に残る残骸を専務がテキパキと片付けていく。


 「今、やるところです…」


 宿題やったの?って聞かれた小学生みたいな言い訳を口にして、私もゴミを片付ける。


 「ちょっと、待て。なんでポテトのゴミが二つあるんだ?」


 「え、食べたから」


 食べたら、ゴミが出るのは当然だ。何言ってるんだか。


 「食べたのかっ!」


 少し考えて、手を叩いた。


 「どうりで、何か多いなって思いました」


 「この、胃袋ブラックホールがっ!」


 怒った専務にベシリとデコピンをされた。


 「痛いです」


 「痛いようにやったからな。その程度で許して貰えるなら、安いもんだろ」


 「つい、うっかりしただけなのに…」


 そう、うっかりしただけ。うっかり専務のポテトも食べちゃっただけだから。


 「動けないように縛ったお前の前で、ケーキ独り占めしてやろうか?」


 「申し訳ありません。二度とこのような事がないように善処致します」


 仕事でミスった時の定型文のようなセリフを口にして、私は専務に謝罪する。


 プライド?そんなものはないっ!この先のケーキの為なら、いくらでも捨てるわっ!

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