第31話 なりすましと引きこもり秘書~唯人~


 

 谷岡に対して手を振り上げていた男に関しては、その場で被害届を出した。


 未遂だったとは言え、男の力で加減なく殴られたら大怪我だ。到底許せる事じゃない。


 なりすましに関しては、この人物が谷岡ではないと証明できないから保留。とされた。


 これ以上は無駄と踏んだ俺は谷岡を連れて社に戻ると、すぐに佐原を呼び、三人で専務室にこもる。先程の出来事を説明して、佐原に意見を求めた。


 「どう思う?」


 俺はスマホであの画像を見せると、その画像を見た佐原が眉を顰め、ため息を吐き出した。


 「悪質ななりすまし、だと思います」


 佐原はコレは『なりすまし』と判断した。


 「こんな品のない発言を谷岡さんがするとは思えません。そもそも社員規則でこう言った事は行ってはいけないとなってます」


 谷岡がこういった事をしてないのは、ただ単になんか面倒くさそうとかそう言う理由だと思うぞ。


 コイツは連絡手段程度にしかスマホを活用してなかったから、向こうはイチから谷岡のアカウントを作っていた。


 「はっきり言って、警察はアテにできない」


 「警察は事件にならないと動いてくれない事が多いですから」


 医者と警察は縁遠い方がいいに決まってるが、こう言う時は困るな。


 「民間にこう言った事を調べるのが得意な会社がありますよ」


 「餅は餅屋、だな。早速そこに調査を依頼しよう」


 俺の言葉を受けて、佐原がすぐに専務室を出ていった。


 信頼のできる会社に調査依頼に行ってくれたんだろう。


 「谷岡、お前は一人で行動するなよ。必ず俺に言え」


 「あ、はい…」


 ずっと大人しくしていた谷岡がここでようやく口を開いた。


 「大丈夫か?」


 はっきり言って、顔色がよくない。さっきの事が怖かったんだろう。


 「お前、しばらく休め」


 家にこもってくれていた方が、ウロチョロされるよりは安全だと思っての提案だ。いや、提案じゃなくてすでに命令だ。


 「え?何言ってるんですか?仕事しますよ」


 「お前、自分の状況わかってるのか」


 「…なんとなく」


 それはなんとなく理解したんじゃなくて、なんとなくわからない方のなんとなくだな。


 「いいか、よく聞け。お前は今どこの誰ともわからないストーカーに狙われてるんだ」


 実際、ストーカーかどうかはわからないが、やってる事が気持ち悪くてすでにストーカーとしか思えない。


 「今日みたいな事がこれからも起こるかもしれないし、下手したらストーカー本人が直接お前に会いに来るかもしれないんだぞ。会いに来たくらいならマシだが、危害を加えられる可能性だってある。今回はたまたま運がよかったに過ぎない」


 今、自分が置かれている状況をしっかり理解させる為に、これから予想できる事態をしっかり教えてやらないといけない。


 「お前は今の状況を軽く見過ぎだ」


 俺にはっきり言われて、流石に谷岡も自分の置かれている状況がかなり危険だと実感したらしく、顔が固くなる。


 「で、でも仕事が…」


 この期に及んでまだ仕事がとかヌカすか。どうせ休んだら周りに迷惑だとでも思ってるんだろう。


 「命より大事な仕事なんかねぇよっ!」


 いい加減わかれ。相手の目的がわからない以上、最悪を想定して、そうならないように対処していくしかないんだぞ!


 流石の谷岡ももう何も言わなかった。


       ※            ※


 次の日から谷岡には自宅で引きこもりをして貰う事になった。


 俺が仕事に行っている間は絶対に部屋から出ない事を約束させた。それ以外だったらあとは自由。宅配便は宅配ボックスに届けて貰うように手配して、この件が片付くまで谷岡には他人と接触をさせないようにした。


 本人はまだうだうだと「社会人として~」だの「罪悪感が~」とか言っていたが、「命とどっちが大事だ?」と聞くとぴたりと黙る。


 大人しくしとけっての!


 今日もいつも通りに仕事を終わらせて帰宅すると、谷岡が「お帰りなさい」と声をかけてきた。


 「ああ」


 ふと、テーブルを見るとすでに食事の用意がしてあった。しかも二人分。


 「先に食べててよかったんだぞ」


 「別に専務を待ってた訳じゃありません。ただ、ちょっと色々してて、今から食べるところだったんです」


 なんて言いながら、俺の分まで用意しているのを見ると口元が緩んでしまう。


 日中、一人で家にいるのが寂しかったのか?


 でも、それを言わずに憎まれ口を叩くのはまったく素直じゃない。が、それも谷岡らしいと思う。


 「せっかく谷岡が待っててくれた事だし、先に食べるか」


 「だから、専務を待ってた訳じゃありませんってっ!」


 誤解しないで下さいっ!と言いつつも、ちゃんと俺の分まで用意してる。でも、流石にこれ以上揶揄うと皿とかか飛んで来そうだから、俺も食事の支度を手伝う。と言っても、俺が休みに作っておいた作り置きを温めるだけなんだけどな。あ、味噌汁と米を炊くのは谷岡がやってくれてた。


 「専務」


 食卓を囲みながら、谷岡は伺うように俺を見る。


 「なんだ?」


 「せめて家で出来る仕事を下さい」


 「却下」


 「なんでですかっ!」


 勢いよく椅子から立ち上がった谷岡に座るように手振りで示すと、谷岡はストンと座る。


 「理由は簡単だ。中途半端に仕事なんか投げたら、お前絶対大人しくしてないだろう」


 気になるところが~とかなんとか言って出社して来そうなんだよな。なんの為に休ませてるんだって話しだよ。


 「今は仕事より、自分の身の安全を優先しろ。解決したら、馬車馬の如く働かせてやる」


 「怖っ!専務の目が怖いです」


 嘘でも大袈裟でもなく、俺は本気で言っている。谷岡の代わりを牧田が勤めてくれているが、言われた事しかしないならまだいい。言われた事出来ない。そのクセ、谷岡に対する不満だけは人の倍以上口が回る。牧田は谷岡が上司の妻だって認識してるのか?牧田は異動を検討したほうがいいな。本当に谷岡は先回りして色々と用意してくれているから仕事がしやすかったんだなと今更ながら実感する。


 しかし、コレを谷岡に言う訳にはいかない。言ったら仕事に出て来る。コイツはそう言う奴だ。


 本当、早く解決しないと俺の方がストレスで胃に穴があきそうだ。

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