第30話 前兆と悪意~美桜~
「う~む」
スマホを前に私はどうすべきか悩んでいた。
私の悩み。
それはここ最近急に増えたイタズラ電話が原因。
今まで、仕事の関係者以外からかかってきた事なんかほとんどない私のスマホに頻繁に非通知で電話がかかってくるようになった。大抵は無言電話ですぐに切られてしまうのだけれど、それでもいい気分ではない。
非通知を着信拒否してしまえば話しは早いんだけど、仕事の関係者が非通知でかけてくる場合もあるから非通知を着信拒否する事もできない。
「まぁ、いっか」
無言電話程度なら、さして実害がある訳でもない。せいぜい私がちょっとイヤな気分になるくらい。そのくらいなら別にいっかなと考えてしまったのだ。
この考えが甘いのだとのちに知る事になるのだけれど。
※ ※
「谷岡さんって、いつ専務と離婚するんですかぁ~」
「は?」
できるもんならとっくにしてるわっ!
そう言いたいのをぐっと堪えて、私は発言の主牧田さんを見返す。
「専務との結婚に不満があるなら、早く離婚して下さいよ~。私狙ってるんですから」
専務と結婚していると言う事実は大いに不満ではあるけど、それでもアンタに言われる覚えはないっ!
本来なら、こんな事を言う牧田さんを佐原さんが厳しく叱責するのだけれど、今佐原さんがは離席中でいない。牧田さんは当然、それを知っていて言ってきた訳だけれど…
それでも、ぴくりとも表情筋を動かさず、私はこれ見よがしにため息をついてみせた。
「口より、手を動かしてくれる」
冷静に言い返すと、牧田さんは悔しそうに睨みつけてきた。
彼女のデスクの上にある書類があまり減っていない事を暗に指摘したからだ。
「離婚するなら、早く離婚して下さいよねっ!次はもう決まってるんですからっ!」
言うだけ言うと、牧田さんはパソコンに向き直った。
こんな嫌味もいつもの事だし、取り立て騒ぐような事でもない。
ようやく、真面目に仕事に取りかかってくれた牧田さんに内心でため息を吐き出すと、私も続きに取りかかった。
午前中はずっとパソコンと向き合って仕事をしていた。昼休みに入ると私は財布を手に近くのコンビニまで歩いて行く。
何にしょっかなぁ~。
お昼ご飯のメニューを考えながら、テクテク歩いていると突然通りすがりの人に腕を掴まれた。
「君さ、ミオちゃんだよね」
相手は私を知っているみたいだけど、私は相手の顔にまったく覚えがない。
何、この人。怖いんだけど…
「離して下さい」
掴まれている腕を引いてみるけど、かなり強く掴まれているみたいでなかなか離して貰えない。
「旦那との夜の生活に不満があるんでしょ。俺が教えてあげるよ」
何言ってんだ?コイツ…もうコイツ呼びでいいよね?夜の生活が不満も何も…何もないのに不満なんか持ちようがない。
てか、なんでコイツ私がそんな事思ってるなんて思い込んでるの?しかも『教えてあげる』って何様だっ!さぶイボ出たじゃんっ!
「離して下さいっ!」
「なんで?いつもネットで慰めてあげてるからいいじゃん」
私の腕をグイグイと引っ張ってどこかに連れて行こうとする。こっちの気持ちとか都合とか一切考えていないし、何より往来での出来事なのに見ているだけで誰も助けようとはしてくれない現実に私もなりふり構わず反撃する。
「いい加減にしてっ!」
私は相手の脛を思い切り蹴ってやった。
一瞬、緩んだ相手の手を振り払って、私は走りだそうとした。けど、しっかりと離してはいなかったのか、更に強く腕を掴まれる。
「何すんだよっ!いってぇなっ!」
私の脛蹴りに怒った相手が手を振り上げた。腕を掴まれて、私は逃げる事も避ける事も出来ない。
殴られるっ!
少しでも痛くないように掴まれていない方の腕で顔を庇って、来るであろう痛みに耐えるように目を閉じて歯を食いしばる。だけど、覚悟したような痛みは全然来ない。
なんで?と思って目を開けるとそこには男の振り上げた腕をがっしりと掴んでいる専務がいた。
「…専務」
「俺の妻に何かご用ですか?」
相手の腕をギリギリと締め上げながら、専務は慇懃に問いかける。
「妻ぁ?アンタが顔がいいだけのテクなしの旦那か?」
「ああぁぁぁん!」
テクなしに反応した専務がガラの悪い声で威嚇しながら一際強く腕を締め上げた。こっちを睨んでくるけど、濡れ衣だからっ!私に披露した事ないでしょう。だから知らないですよっ!
そこへ警察がやって来て、私と専務は事情を聞かれる。
どうやら、私が男に絡まれているのを見た人が通報してくれていたらしい。誰かはわからないけど、その点はありがとう。
突然腕を掴まれ、訳のわからない事を言われて絡まれていた事を私が警察に説明している間に、私に絡んできた男も警察に事情を説明していた。
双方の話しをすり合わせた結果、ネットで私と思われる人物のインスタを見た向こうが何度かその相手とやり取りをしていて、今日たまたま見かけた私をそのやり取りをしている女性だと思い声をかけた。要約するとそう言う事らしい。
向こうがやり取りしていたと言う女性のインスタを見せて貰って、ゾッとした。
そこには写真も載っていて手で目元を隠してはいたけど、髪色や髪の長さ、名前まで私と同じだった。その女性は結婚していて、上司に当たるイケメンと結婚したけど、夜の生活に不満があると赤裸々に綴っていた。更に言うならぼかしてあるけど、女性の勤務先までわかる。そこは私の勤務先だった。
私を知る人が見れば、これを書いているのは私だと思われる。今日はたまたま写真と同じと思われる人物だと思われたから声をかけられた。
「これ、なりすましじゃないのか?」
同じように画面を見ていた専務がそう指摘する。
「なりすまし?」
「ああ、赤の他人が自分になりすますんだよ。見た目は偶然で片付けられても、名前や勤務先まで同じなんて事ないだろう。悪意ある誰かがお前を貶めようとしてるとしか思えない」
専務の言う通りなんだろうか?誰かが私を貶めようとしてる?
牧田さんの嫌味なんかとはレベルが違う。安全圏から他人を攻撃するその陰湿さに気持ちが悪くなる。
指先まで冷えた私の手を専務がギュッと強く握ってくれた。その温かさに少しだけ励まされている私がいた。
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