第17話 ウェディングドレスとラーメントッピング全部のせ2~唯人~


 「谷岡?」


 ウェディングドレスを身に纏い、チャペルに佇むその姿はいつもの谷岡の姿とはまったくかけ離れていて、そこにいる人物が本当に谷岡なのか信じられない思いで見ていた。


 「専務?」


 谷岡自身も信じられないモノを見たような目で俺を見ていた。


 「どうしてここに?」


 「椿から連絡がきた」


 そう、俺がここにいるのは椿からメールがきたからだ。椿からのメールはこうだ。


 『美桜ちゃんがいる場所の住所を教えてあげる。可愛い奥さんを迎えに来てあげてね。早く来れば、が見られるかもしれないわよ』


 俺が目を覚ます頃合いを見計らってメールは送られていた。椿達の思惑に乗ってやるのは癪に障るが、それよりも谷岡が偽装結婚の事を喋っていないかが気になった。


 確認をしたいが椿や葵に聞かれるかもしれない場所でどう切り出せばいいか…気にはなるが、いつもと違う格好をされていると、どうにも調子が狂う。アイツ等が言うが谷岡のウェディングドレス姿である事は明白だ。


 「どう、お兄ちゃん。美桜ちゃんすっごく可愛いでしょ!」


 考え込んでいた俺の背中を、葵が力一杯平手で叩く。何故か葵もウェディングドレス姿だ。


 「こんな可愛い奥さんを見れたんだから、感謝してよね」


 感謝を要求してくる椿も葵と同じようにウェディングドレスを着ていた。二人の様子におかしなところはなく、どうやら谷岡は俺と偽装結婚している事は話さなかったみたいだ。


 「ほら、並んで、並んで」


 妹二人に背中を押され、俺は無理矢理谷岡の隣に並ばされる。思いがけず間近に見る事になった谷岡のウェディングドレス姿に目を奪われそうになって、不自然にならない程度に目線を逸らす。


 「とってもいい感じよ、二人共。このまま結婚式が挙げられるんじゃない?」


 椿が発した何気ない台詞に、谷岡は小さく肩を震わせた。


 「私、着替えて来ます」


 一言、そう言った谷岡は逃げるように…でなく文字通りこの場から遁走とんそうした。


 谷岡はウェディングドレスとは思えない素早さでホテル内の廊下を歩いて行った。


 「逃げちゃった」


 「逃げちゃったわね」


 遠ざかる谷岡の後ろ姿を見送り、俺は大きく息を吐き出した。


 「お前らな~」


 谷岡のかなりデリケートな部分に強引に踏み込んだ妹二人に一瞥いちべつをくれた俺は頭をガシガシと掻く。


       ※            ※


 母さんと椿と葵の三人と別れた俺と谷岡は自宅への帰路についていた。


 三人と別れる時は多分笑顔(運転席に座る俺からは谷岡の背中しか見えなかった為、不確定)で挨拶をしていた谷岡は車を発進させてからは、ずっと無言で助手席の窓の外を見ていた。


 景色を楽しんでいる様子はなく、ただ、ぼんやりと眺めているようだった。疲れているとかだろうか?母さんはともかく、パワフルな椿と葵に振り回されたら疲れるかもな。


 「疲れたのか?」


 「あ、いえ。むしろリフレッシュできました」


 窓の外を見ていた谷岡がようやくこっちに顔を向ける。


 リフレッシュできたと言う割にはあまりすっきりしたような顔ではなかった。


 「悪かったな。妹達が振り回して…」


 初対面の人間と一泊二日くらい一緒にいたら、リフレッシュどころか気が休まらなかったかもな。葵はお構いなしだっただろうし。


 「なんで、専務が謝るんですか?」


 「なんでって、一応アイツ等の『お兄ちゃんだから』な」


 なんでと言われても、「お兄ちゃんだから」としか言えない。


 「私、その『お兄ちゃんだから』とか『お姉ちゃんだから』って台詞、一番嫌いです」


 谷岡にしては珍しく強い口調で吐き捨てる。


 「『お姉ちゃんだから我慢しなさい』『お姉ちゃんだから妹に優しくしなさい』『お姉ちゃんだから妹の面倒をみなさい』っていつもいつも…」


 それは、谷岡自身が親に言われてきた言葉なのか?


 「お前も妹がいるのか?」


 「…一人、います」


 肯定するまで多少の間があり、眉間には皺が寄っている。この様子だと、仲のいい姉妹と言う訳ではなさそうだ。それどころか、嫌っている。いや、それよりもっと深い。


 血が繋がっている実の兄弟姉妹でも合う合わないはあると思うが、谷岡の妹に対する感情はそんな言葉では説明できないような気がする。


 「専務は妹さん達と仲がいいですね…」


 「そうか?普通だと思うぞ」


 「いいと思いますよ。椿さんも葵さんも口ではなんだかんだ言っても専務の事慕ってますし…羨ましいな…」


 最後に谷岡が何か呟いたが、声が小さくて俺まで聞こえなかった。それっきり黙って、また窓の外を見る。


 「おい谷岡、ラーメン食いに行くぞ!」


 沈黙に耐えかねて、俺は少し前に谷岡が言っていた『ラーメンおごれ』を持ち出した。


 「帰り着く頃にはちょうど夕飯時だしな。行くか?」


 「行きますっ!」


 こちらを見た谷岡の目は爛々と光る捕食者のソレだった。食べ物の事になると、本当に目の色が変わるな。しかし、先程までの重苦しい空気は払拭され、谷岡はたちまちご機嫌になった。ご機嫌ついでに鼻歌まで歌い出す。


 「ご機嫌だな」


 「美味しい物を頂くのに、不機嫌や仏頂面は失礼ですからね。食べるなら、美味しくがモットーです!」


 謎の持論を誇らしげに展開し、胸を張る谷岡の姿に俺は堪えきれず、盛大に吹き出した。車内は俺の笑い声でいっぱいになる。


 「専務、運転中に笑うと危ないです」


 「お前が笑わせたんだよ!」


 運転中に注意力散漫になるのは、谷岡の指摘通り危ないと思うが、コイツには言われたくない。


 その後、自宅近くの上手いと評判のラーメン屋に立ち寄り、俺は醤油とんこつ。谷岡はとり塩トッピング全部のせをそれぞれ注文した。


 食べきれるのか?と不安になったが、谷岡は驚きの食欲を発揮。途中、餃子一人前を追加注文して、見事に完食。とても満足顔だった。


 もしかして、コイツの胃袋は異次元に通じているとかないよな?

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