第16話 エステ体験とウェディング体験~美桜~
私ははふぅ~と長く息を吐き出して、目の前に広がる雄大な山々を一望できる大パノラマを堪能する。
ふお~、こんな景色を見ながらエステを受けられるなんて極楽極楽。日頃の疲れが取れる~、溶ける~
「気持ちいい~」
「本当にね~」
右隣のベッドで同じように施術を受けてる葵さんが私の台詞に同意してくれる。
私は今、椿さんと葵さんに連れられて、昨夜泊まったコテージの近くにあるホテルのエステサロンにいる。
昨夜は女子会で遅くまで起きていたから、施術が気持ちよくて寝てしまいそうになる。
エステサロンに行くなんて始めてだったけど、エステに通う人の気持ちがわかるなあ~、めちゃくちゃ気持ちいいもん。特にオイルで全身を揉みほぐされると堪らない。
私、なんで
今朝、ようやく帰れると思ったところに突然椿さんが「エステに行くわよ!」と葵さんと二人がかりで引っ張られるように連れて来られた。ちなみに奥様は「私はいいわ」とホテル内のカフェで優雅なティータイムを過ごしておられる。
なんでもこのホテルのオーナーが椿さんのお知り合い(と言う名の信奉者だと葵さん談)らしく、エステの優待券を気前よくポ~ンとくれるのだとか。雲の上のような話し…
椿さん曰く、
「使う分以上に渡してくるから、減らなくて困ってるのよ」
なんとも羨ましい台詞。更に、使ってくれたら嬉しいとまで言われてしまったら、使わない訳にはいかなかったのよ。
ちらりと左隣を見れば、こちらも気持ちよさそうに施術を受けている椿さん。
こんな美人二人に挟まれてエステとか、ある意味すごい空間。
全身をオイルで揉みほぐされた後は泥でパックをされて、隅々まで艶々ぷるぷるに磨き上げられた。
「せっかくエステで綺麗にして貰ったのに、このまま普通に帰っちゃうのもったいないかも…」
こんな事考えるのが、すでに貧乏性なのかもしれないけど、性分ってなかなか直らない。
「可愛い服着て、ヘアセットとメイクとかして貰いたいよね~」
私の独り言をたまたま聞いていた葵さんが更に私も考えていた『こうだったらいいな~』を口にした。
「やってみる?」
不意に椿さんが私と葵さんに向かって、そう聞いてきた。
「やってみたいっ!」
葵さんはやると即決したけど、私はちょっと躊躇う。
やってみたい気持ちはとってもある。けど、優待券で無料なエステと違ってヘアセットにメイクをプロにお願いするとしたら、一体いくらかかると言うのか。考えただけで恐ろしい。
私のそんな考えを見透かしたかのように椿さんが一枚のチラシを見せる。
「コレ、やってみない?」
椿さんが見せてくれたチラシにはウェディングドレス姿の花嫁とタキシード姿の花婿。そして、そこには大きな字で『ウェディング無料体験プラン』の文字が…
「今、このホテルでやってるんですって」
…確かに、このプランなら綺麗なドレス(ウェディングドレスなんて絶対言わない)が着られて、ヘアセットもお化粧もして貰えるかもしれないけど…
「あの、こう言うのはこのホテルでの結婚式を考えている人達の為のものだと思いますよ」
「お兄ちゃんとの結婚式場候補に考えてみてもいいんじゃない?」
びしりと表情が固まった気がした。ついでに思考も止まった。
私と専務の結婚式…あり得ない、あり得ないよ。
「じゃあ、レッツゴー!」
思考停止中の間に、私は二人によってウェディング体験プランに申し込みをさせられてしまった。
※ ※
「大変よくお似合いです。お客様」
「はあ、ありがとうございます」
私が今まさに着ているのはあの、白いウェ…ギャーーっ!
椿さんと葵さんに押し切られる感じでプランに申し込んでしまったけれど、スタッフさんの手際がよすぎるっ!
あれよあれよと言う間に、スタッフさんが新作だと言うウェディングドレスを私に着付けて、ヘアセットとメイクを施し、ブーケを持たされたら花嫁のいっちょ上がり。
スタッフさんは褒めてくれるけど、ここまでテンション低い花嫁さんもいないんじゃないかと思うくらい私のテンションは低い。
気に入らないとかではなく、ただ単に早い展開について行けなかったのと、私を「美桜ちゃん」と呼んで本当の姉妹のように接してくれている椿さんと葵さんを騙している罪悪感に苛まれているだけだ。本来、私にコレを着る資格はないのだから。
その二人もそれぞれに勧められたウェディングドレスを試着してご満悦な様子だった。
「お客様、よろしければチャペルの見学もできますよ」
椿さんや葵さんと比べて、イマイチ盛り上がっていない私に気を遣ってくれたのか、スタッフさんがチャペル見学を勧めてくれた。
実際にウェディングドレス姿でチャペルを歩けば、自然と気分も盛り上がるだろうと言う事かな?
椿さんと葵さんはまだウェディングドレスの試着をしたいみたいだし、先に見学させて貰おう。
「お願いしてもいいですか?」
私がお願いすると、もちろんと見学を勧めてくれたスタッフさんが案内を買って出てくれた。
チャペルとは廊下で繋がっていて、雨の日でも濡れないようになっているらしい。雨の日はただでさえ憂鬱な気分なのに、濡れちゃったら嫌だよね。さすが、考えてるな~なんて考えながら歩いていたら、ドレスの裾を踏んづけてしまった。
転ぶっ!と思ったけれど、その前に私は誰かにふんわりと受け止められていた。
「大丈夫ですか?お客様」
自分を受け止めてくれた男性を見上げて、私は思わず『この人は攻めだ』と分類してしまう。
均整のとれた体つき。長めの髪は整髪料で軽く後ろに流していた。スーツを着ていても醸し出されるワイルド系な雰囲気。
すごい、理想的な攻めキャラ。
「お客様?」
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
急いで体を離すと、助けてくれた男性に頭を下げてお礼を言う。
駄目よ、美桜。初対面の人までBLに巻き込んでは…
「これから、チャペルの見学ですか?」
「はい」
「でしたら、是非僕にエスコートさせて下さい」
私の足元が覚束無いのを見て、さっとエスコートを申し出てくれる。笑顔で左腕を差し出してくるいい人だが、そこまでして貰うのは何だか申し訳ない。
「ありがとうございます。でもお気持ちだけで充分です…」
「まあまあ、そう言わずに。僕の事は杖か何かだと思って」
こんな美形な杖はありません。
遠慮する私の手を取って、彼はチャペルへとエスコートしてくれる。こんな素敵な男性にエスコートして貰えて役得と思える程、私の神経は図太くない。チラチラと彼を見てくる女性達は熱い視線を彼に投げかけ、次いでエスコートされている私を見ると、あからさまに嘲笑うような視線をするのだ。
すみませんね。エスコートされてるのが微妙で。でも、私こちらの人とは一切関係ないんですよ~。なんて言って回るのも変だよね~
「いや~、役得ですね」
え、と隣の彼を見上げると彼がにこにこと、
「こんな綺麗な花嫁さんのエスコートをしているから、男性が羨ましそうに僕を見てますよ」
それはないと思う。でも、リップサービスだとしても言われて悪い気はしない。お客をいい気分にさせるのが上手い人なのね。
「さあ、どうぞ」
チャペルに着くと、彼がドアを開けてくれた。
「ありがとうございます」
一言、お礼を言ってからチャペルの中に足を踏み入れた。
チャペルの中はステンドグラスを通して入ってくる太陽のおかげでカラフルな光が室内を満たしていて、幻想的な雰囲気がした。
ここで結婚式を挙げたら素敵だろうなって結婚式に特に憧れとかない私でもうっかり思ってしまいそうなのだから、結婚式に多大な憧れを抱いている女性ならばイチコロではないだろうか?
おまけにこの格好。もうここしかないってうっとり夢心地のまま「ここに決めます」とか言っちゃう人、多そうだなあ。いやはや、商売上手ですな。
幻想的なチャペルのバージンロードのど真ん中に佇み、至極現実的な事を考えていると後ろから「谷岡?」と名前を呼ばれた。
はて?椿さんと葵さんは私の事を下の名前で呼ぶ。名字で呼ぶような知り合いがこのホテルにいただろうか?
くるりと振り返ると、チャペルの入り口に専務が立っていた。
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