第31話 想いを込めるっていいよね


 結局、マイは腰が立たず、キョウヤにぶされて酒場のテーブルへ運ばれた。


(これじゃあ、恋愛系ドラマの痛い女が思い焦がれる男の前で倒れて見せるっていう、三文芝居さんもんしばいの典型だわぁ~。恥ずかしすぎる~)


 マイは顔を真っ赤に紅潮させ、頭から本当に湯気が出てるんじゃないかと思うほどボーっとしていた。 

 周囲の見物客たちが、マイがへたり込む様子を、物珍しいものを見たといってざわつくのなんてどうでもよかった。そもそもソロでやっている以上、いろんな視線にさらされてここまで来たのだ、今さら周囲の視線など気にしているマイではない。


 しかし、だ――。


(キョウヤさんにおんぶされて連れてこられるって、これはまずいでしょ~)


「おい、マイ、大丈夫か? もう座れるな?」

キョウヤが心配そうにマイの顔を覗き込む。近い!


「だ、だだだ、だいっじょうぶっです!」


「そうか? ならいいんだが――。それにしてもお前の剣技、すごいもん見せてもらったぜ? よく訓練してるなぁ――」


「あ、あり、がとうご、ざいます」

(なんなのよ、この口、もうちょっと滑らかに動けって!)


「ニホントウは、切れ味はいいが重量が軽い。的確に対象にヒットさせねえと弾かれたり、切り抜けられなかったりするんだ。その分、扱いが難しく繊細だという事だ。それをあれだけ自在に操れるんだから、とても並大抵の訓練ではできないもんだとおもうぜ?」


「あ、わ、わたし、向こうで、剣道を幼少のころから、やっておりまして――」

(やっておりまして、ってどういういいまわし? 普通に話せよ――)


「なるほど、剣道ね。たしかに様になってたからなあ、それは小さいころからの修練で身についたものなんだな。おまえ、すごいな!」


「で、でも、ですね。これもちゃんと持ってます――」

そう言ってマイは腰に差しているもう一本の短剣を鞘ごと抜いてテーブルの上に置いた。


 刃渡りは20センチほど、柄の部分は10センチほどの短剣だ。小柄で俊敏性の高い戦士向きの基本装備ともいえる。


「お? これって――」


「はい、キョウヤさんにおねだりしていただいたものです」


「でも、お前の腕じゃあ、これじゃあもう物足りねえだろう?」


「いえ、これは私の宝物ですから。肌身離さず持っています」


「ったく、しょうがねえなぁ。でも、そいつのせいで万一があったら俺が悔やみそうだからなぁ――。お? そういえば……。マイ、ちょっと付き合え」


「付き合う??」


「ああ、今晩はもう休むだけだろ? ちょっと


(よる、つきあえ――。え~~~~~。なになに? そんな急展開? 心の準備が、お風呂はいんなきゃ――って何考えてるのよ、マイ! ―――!)


 ガン!


 テーブルの上に衝撃音が走った。

 マイのおでこがテーブルの上に叩きつけられた音だった――。




「ったく、おまえ、本当に大丈夫かあ?」


「はい、すいません。何度も。も、もう大丈夫です」


「じゃあ、行くぞ? 掴まれ」

キョウヤは酒場を出るとマイに向き合って声をかけた。そして、マイに向かって右腕を差し出す。


「掴まる?」

「ああ、ケルンのリノズバルへ行く。ハイトを使うから掴まれって言ってるんだよ」

「え? リノズバル? 宿屋じゃなくって?」

「はあ? 何で宿屋なんだよ? お前に渡したいものがあるんだ。預り所に行かないと意味ないだろう?」

「え? だって、ちょっと夜、付き合えって――」

「ああ、リノズバルにちょっと寄る、付き合え」


(なんてややこしい~~~。やばいやばいやばい、変な勘違いしてたって気づかれる前に何とかしなきゃ――)


「は、はいはい! マイ、つかまりま~す!」


「なんだ? へんなやつだな。いいか? いくぞ? ハイト!」


 言うなり急激に二人の体は上空に上昇する、そして一気に加速すると、まるで、飛行機のように空を駆けて行った。



 数分後、二人はリノズバルのテーブルについていた。

 目の前のテーブルの上には一本の小刀が置かれていた。


たちばな小刀しょうとう――という名称の小刀だ。あるモンスターのドロップだった。俺には扱えねえからな。とはいえなかなかの逸品だっていうんで、コレクションにしていたんだが――、その短剣とこれを「交換」してくれねえか?」


「へ? この短剣とですか?」


「ああ、その短剣とだ。どうだ、嫌か?」


「え、でも、この短剣とそれとでは価値が――」


「そんなにその短剣の価値が高いのか~。こりゃ参ったなぁ~。えらく出世したもんだなその短剣も」


「え? いえいえいえ、とんでもないですよ! そりゃあキョウヤさんにもらったものなんで私にとっては特別ですけど、とは言ってもその小刀とこれとでは武器の価値が違いすぎます。とても交換なんて――」


「だから、交換するんだよ。俺がお前にあげるってことに変わりはねえだろ? だったらいい武器の方が俺も安心ってもんだ。だから、これからはコイツを使ってやってくれ」

そう言ってキョウヤはその小刀をマイの方へと押しやった。



 マイは心から嬉しかった。

 キョウヤは自分がくれてやった短剣がもとで、これから強くなる敵と渡り合う中で万一があってはと気づかってくれているのだろう。

 確かにこの「橘の小刀」は、この先どんな敵とでも渡り合えるほどのランクの武器だ。必ず使いこなしてみせる。


 マイは胸に抱いていた短剣に力を込めて、想いを込めて、そして別れを告げた。


(ありがとう、いままで私を守ってくれて、お疲れ様――)


 マイは目一杯の想いをその短剣に込めて、そしてキョウヤの方へとゆっくりと差し出した。

 その目からは涙が溢れて止まらなかった――。


 

 

 

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