第32話 その瞬間は永遠に続いて
「キョウヤ! そっち行った!」
「おうよ! 任せとけ!」
マイは目の前の一匹に手を取られて、次々とターゲットがキョウヤへ移ってゆく。しかし、それでいいとキョウヤが言った。だから私は私のできることをやるだけだ。
この目の前の敵、ルイン・ジェネラル・ダークオークを倒すのだ。
ここは、ヒューラン遺跡の最下層、今目の前にいるのはこの先の宝物殿を守護するボスモンスターなのだ。
このボスの周囲には、取り巻きのセンチネルが沸き続ける。どうもこのボスの特殊能力なのだろうが、この取り巻き連中が邪魔をしてなかなかにボスまで到達できない。
しかし、キョウヤがそれをすべて受け持ってくれている。
マイはただこの一匹に集中するだけでいいのだ。
ボスは体長3メートル以上もある巨躯で、一撃一撃が重く速い。しかし、速さという点において後れを取るマイではなかった。
(一対一になればどんな敵でも私の敵ではない――)
右手に
攻防一体の二刀流。
それが今のマイのスタイルだ。
マイはオークの懐へ飛び込むと、左手の小刀で相手の拳撃を受け流しつつ、春暁守正を横一線に薙いだ。
それはオークの太い首に吸い込まれ、やがて――。
やがて?
意識がスゥっと抜けるような感覚、覚醒してゆく感覚が襲ってくる、
(いやいやいや、そうだろうとは思ったけどさ、でも、そこ? そのタイミング? まだまだまだだだだだだだ――)
「ああああああ! もう! もうちょっとだったのにぃ!」
麻衣はベッドの上で大声を上げていた。
夢オチ。
盛大な夢オチをかましてしまった。
いや、途中でなんか変だなとは思ったよ? でも、あえて無視して続けてもうちょっとでクライマックスってところでなんで覚めちゃうかなぁ。
でも、あれが本当になったらめっちゃ幸せなんやけどなぁ――。
あのあと、オークに叩き落されて死んでしまったとしても、たぶんマイは気付かないまま天に召されるのだろう。二人で戦っている時間、それだけでもう充分幸せなのだ。
******
いつの間にか季節は移り、秋の香りが漂ってくる。
10月にもなれば、商店街のあちらこちらには、オレンジ色の飾りや、お化けのバルーンなどが目立ち始める。
今年ももうそんな季節になっていた。
「ダイシイ」に通うようになってから、もうすでに半年がたとうとしている。向こう時間ではすでに、5年が経過しようとしていた。
それでも追いかける人の背中はまだまだはるか遠い。
バウガルドの世界旅行はいろいろな恩恵をもたらしてくれている。
まずは体の方だ。
なんといっても筋力瞬発力がずば抜けて向上している。こちらでは半年でも向こうではすでに5年がたっているのだ。向こうで過ごした時間と経験はそのままこちらの世界に反映される。ただ、年齢は重ねない。容姿も肌の張りも17歳のままだ。
なんというか、不思議な感覚なのだが、向こうの人類の寿命は人間の約10倍以上あるらしい。この間酒場で意気投合した猫耳の女の子も180歳とか言っていたし、リノズバルのフィーリャさんも250
人間も向こうに行けば、最大寿命が100だとすれば、バウガルド時間にすれば1000歳まで生きるということになるのだから、私は実質向こう年齢では170歳ほどということになる。
なんというか向こうの時間の方が「ゆっくり流れている」という感覚に近い。
それでいて、こっちに戻ってきたときは、例えば向こうで一日すごしても2時間半程度しかたっていないわけで、体は24時間動いて訓練や戦闘をした後なのだ。疲れやけがはすべて取り去られるため、単純に鍛えた体だけが残ることになる。
おかげで随分と筋肉質になったが、いろいろなところの余分な肉がそぎ落とされ、体形はやばいぐらいスマートになっている。
体育の授業で夏の間に行われた水泳の時など、さすがに注目を浴びすぎて恥ずかしかったぐらいだ。また来年の夏がくるのが思いやられるが、あの人に追いつくためにはそんなことは些細なことだ。
おかげで体育の成績は明らかに上がっている。
それだけではない。
緊張した時間を多く過ごしていることで、思考に落ち着きや奥深さが増して、集中力も随分と向上している。できる限りバウガルドで生活したいがため、勉強に
進路指導の先生に言わせると、どうしてこんなに短期間でこれほど成績が伸びるのか全く分からないということだった。まさか、「短期間」ではなく、この半年で5年ほど生きましたからとは言えないし、言っても余計に頭がおかしいとしか思われないだろう。
南野麻衣はこのころから一つの目標を持つようになった。進学先についてだ。
もう一年もすれば、大学の推薦入試も始まる。早ければ高3の12月までには進学先が決定する人もいるらしい。
しかし、麻衣には行きたい大学ができた。
そこに合格すること、それが今の麻衣の目標だった。
まさか自分がそんな大学を志望する気持ちになるなんて思いもしなかった。
しかし、成績が上がるにつれ、それも夢ではなくなってきて現実味を帯びてくると、もうその気持ちを抑えることは止めにした。
(絶対受かってやる――)
そう心に決め、今日も学校へ行く足どりは軽やかになるのだった。
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