第26話 まだ、ワンチャンあるだろ?


 ふぅ、ふぅ、ふぅ――。


 さすがに息が上がってきた、これ以上長引かせるのはあまり得策とは言えない――。


 キョウヤは、ポーチから小型薬瓶ポーションを3つ取り出し、その口を一気に折る。

 そうして3つの口を一度に自分の口へ挟むと、その液体を一気に喉の奥へ流し込んだ。


 魔力が回復し精力がみなぎる。疲労が回復し全身の筋肉に力がみなぎってくる。そして、明らかに感覚がまれていくのを感じた。


 眼前では青龍せいりゅうが牙をむき出しにして、威嚇行動をとっている。


 青龍クアドラ――、四聖竜の一柱。北の地の守護神。


 体長はゆうに10メートル以上はあるだろう。前足には鋭い爪、後ろ足の蹴りは岩など軽々砕く。首の長さだけでも3メートルほどある、超巨体のドラゴンだ。

 身体はその名が示すように全身を群青ぐんじょううろこでおおわれている。あのあぎとに一度でもとらわれれば、おそらく一瞬でこの世界とおさらばしなければならないだろう。


「へっ、なかなか簡単にはやらせてくれんよ、なァ――――」

言うなりキョウヤは青龍の顔面に向けて飛び込む。


 飛び込みながら左下方から右斜め上方に向けてロングソードを振り払った。


 ギィィィィイイイン――!


 ロングソードの切っ先が聖竜のあごの右下に命中した。が、その先の牙にあたって刃の向きが寄れたため、顎の下を斬っただけにとどまった。


 ギイイヤァァァァアアアア――!!

 青龍が怒りなのか痛みなのか、耳をつんざくほどの咆哮をあげる。


 『おのれ人間――。わしヲここまで手小ずらセタウえに牙をもオルカァァァ!』


 見ると、青龍の顎から血がしたたり落ち、牙が一本欠け落ちている。


 「はっ、牙の一本ぐらいでガタガタ言ってる余裕は、ねえだろうが――!」


 言うなり今度は、前足の下方へもぐりこみ、さっきと同じように薙ぎ払った。


 青龍は咄嗟に羽ばたき、一瞬ふわっと舞い上がったかと思うと、その前足でキョウヤの顔面を襲った。直撃を受ければただでは済まない。回復にてる小型薬瓶はもうそれほど余裕はないうえに、それを使う時間を与えてくれるとは限らない。


 キョウヤは左手で背中から大楯を取り外すと、それを眼前にかまえ歯を食いしばる――。


 ガアアアアァァァン、と大きな音をたてて青龍の爪とキョウヤの大楯が交錯し、構える左手の骨がギシギシと軋む音が伝わってくる。


「が、ああああぁぁっぁぁぁ!」


 キョウヤは弾かれながらも、ロングソードを一閃振り払った。


 ザバアアアア!!


 と、鈍い音と、確かな手ごたえがキョウヤの右腕に伝わる。


『グウウウオオオオオアアアアアア!』


 これまでの比にならない不気味に耳障みみざわりな雄たけびが鼓膜を破らんばかりに響いた――。


『まざがあ、にんげんにお、後れをとるとは――』


 青龍はのどから大量に出血し、明らかに大きなダメージを負っている。


(やったか――?)


 そう思った瞬間だった。


 青龍の眼から、何か鋭い針のようなものが一刺ひとさし、キョウヤの左胸を貫いた――。

 青龍がそのまなこから、何か高圧の液体を飛ばしたのだ。


 ドクン!!

 とこれまでに味わったことのないような脱力感とともに、全身の中をまるで炎に焼かれたような熱さが駆け巡る――。


「なっ、なんだぁ――?」

キョウヤは自分の左胸あたりに視線を落とすと、そこからはどくどくと血液が噴き出している。キョウヤはガクリと膝をつく。

(これは、ちょっと、やばいぜぇ……)


『にんげんよ、お前はよくやった、わしがここまで追い込まれたのは数千年前に一度きり在ったにすぎん。わしに奥の手を出させるとは、誠にあっぱれである。だがここまでだ、せめてもの敬意を払い、介錯をして進ぜよう。さあ、最後の時だ、名を、名を名乗るがよい』


「ふん、お、終わりの時に、名を、なのれってかよ? けっ――くそくらえだ……」


『何をぶつぶつ言っておる、往生際が悪いのはあまり、いさぎよいとはいえんぞ、にんげん――』


 青龍が少しずつにじり寄ってくる。

 おそらく最後はあの爪で押し潰すつもりだろう。


(もうすこし、だ、あと、一歩――。あきらめちゃダメだって、最期の最期までしょうぶをすて、ちゃあ、あの人に合わす顔がねえからなぁ――)


『ふうむ、にんげん、残念だがお前の名前はもうよい。では、さらばだ――』


(最期の最期、奥の手ってのはそれで決めなきゃ後悔するんだぜぇ!)

「エクスヒール!!」

たちまちキョウヤの体に力が漲る。


『どこにそんな力があああぁぁぁ!』


「まだ、あきらめちゃいねぇんだよぉおぉ! いっけ――――ぇぇぇえぇぇええええ! マックス・ストレングス――!」

キョウヤの体がさらに赤い光に包まれてゆく。

 体中の筋肉が悲鳴を上げる、だがここで、剣をはなすわけには絶対に行かない!


 間合いが詰まった状態から突如として跳び上がってきたキョウヤを、青龍クアドラには打ち払うほどの余力は残っていなかった。さっきの首へのダメージが思ったより深刻だったため、反応が一瞬遅れたのだ。


 剣は見事に、青龍クアドラ喉元のどもとへ吸い込まれた。


 しかし、キョウヤの突進はそこで止まらない。


「ううううおおおおおりゃあああああ――――!」

(絶対、絶対放さねぇ――――――!)



 そうしてついにキョウヤはそのまま最高到達点にまで達し、やがて真っ逆さまに落下してゆく。



 ダンッ――!

「がああ!」


 キョウヤは背中からまともに地面に落下した。さすがに受け身のことまでは考えてなかった。背中から胸に衝撃が突き抜ける――。


 その一瞬のちだった。



ズダァァァァアアアン―――――!


 キョウヤのすぐ隣にクアドラの首が落下してきた。


 そうして隣に横たわる色を失った眼差しを見つめてキョウヤは言った。




「へっ、俺の名は――」








 


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