第25話 『竜撃』の伝説


 金ぴかの鎧、金色の鞘のロングソード、そして背中に背負う大楯。


 だいぶんとこの格好も板についてきた。


 キョウヤは基本的にはソロ活動をしている。

 まわりの冒険者連中はパーティを組んでわいわいやっている様子だが、結局はパーティ内の男女関係(雄雌関係?)やら、人間関係(ボスの奪い合い?)でごたごたしているところが多い。


 そんなものに関わるぐらいなら、一人の方が身軽なうえに自由も効く。


(それにパーティメンバーの命を背負わなくていい――)


 

 バウガルドは素晴らしい世界だった。

 すべては自己責任。しかし、時間は向こうの世界の10分の1のスピードで流れている。つまり、こちらにいる限り寿命が10倍になるのと同じだ。こちらで丸一日過ごしても向こうの時間では144分。つまり、2時間半にも満たない。

 ところが、こちらで鍛えた体は、そのまま向こうの世界の体にも反映される。つまり、こちらで30日トレーニングしても、向こう時間では3日しかたっていないことになるのだ。

 そして死なない限り、大怪我をしても再ログインすれば完全完治の状態で戻ってこれる。

 文明の発展は向こうの世界には到底及ばない。電気もコンピューターもないし、水道すらない。

 しかしそれを抜きにしてもお釣りがくるほどのものがこちらにはある。


 一つはさっきも言った、「時間」だ。


 そしてもう一つが、「魔法」だった。


 「魔法」――。

 あちらの世界では絶対に実現できない現象をこちらの世界では起こすことができる。何もないところから水や火を生み出したり、向こうでは生死にかかわるような大怪我も治癒できたりする。

 遠く離れたところに一瞬で移動したり、空を飛んだりすることだって可能だ。


 そんなものがあれば、「科学」が発達しないのはある意味当然のことなのかもしれない。

 人間が生身では作り出すことができない膨大なエネルギーを生み出し、すべて人間の生活を便利にする目的のために資源、つまり地球そのものを食い荒らしてゆく技術――。

 もしかしたらそれこそが「科学」というものの本質なのかもしれないとキョウヤは感じることがある。


 もちろん、その「科学」がなければ人間の世界には今のような文明は育っていなかっただろう。


 しかし、もし「魔法」が存在すれば――。


(いや、それは何の意味もない仮定だ。現に向こうの世界にそれはないのだから。あれば云々なんてのはファンタジー漫画やアニメの世界の中だけの話だ)


 これまではそうだったかもしれない。

 でも、今は『バウガルドの酒場これ』がある。


 異世界旅行は危険だという声があちらではまことしやかに言われている。

 実際、何人かの人たちがこのサービスによる旅行で命を落としているということも聞いている。

 しかしよく考えてみてほしい。

 あちらの世界でも理不尽に殺されたり、不慮の事故に巻き込まれたり、この時代になっても内戦や飢餓や貧困でたくさんの人が亡くなっているじゃないか。

 通勤電車をホームで待っているひとが愉快犯に突き落とされたり、女をだまして金を巻き上げたうえになぶりものにするなんてことも日常茶飯事だ。


 そんなことと比べたら、こっちの世界の方が「はるかに正常だ」。


 すべては自分の判断と能力で、知恵を絞って、体を鍛えて、生き延びてゆく。いかに危険を回避しどうしても避けきれない場合にどう対処するか。そうやって日々を生きている。


「野蛮な世界」――。


 そう言うニュースのコメンテーターもいる。

 だけど彼または彼女は現実から目を背けているだけだ。自身の住んでいる世界は「高度な頭脳を持った人類が作り上げた理想郷」だとでも思っているのだろう。その陰でどれほどの人間が苦しみ足搔き死んでいっているのかを彼らは見てはいないのではないか。


 

(そんなこと、今考えても仕方ないことだが――)


 キョウヤは目の前にそびえたつ切り立った山脈の頂を見上げながら、気を引き締める。

 ここまで実に10年かかった。もちろんこちら世界での話だが。

 つまり、向こう時間で1年だ。

 「ダイシイ」羽原支店に通うのもおそらく今日で一区切りになるだろう。


(まあ、生き残れたらの話だけどな――)


 

――バウガルドには四聖竜ってのがいてな。そいつらは超レア装備をドロップするらしい。

 


 そんな伝説がこの地には残っている。

 しかも討伐後はしばらくの間再出現しないらしい。その間隔は500年とか1000年とか言われている、らしい。

 「らしい」というのは最近では誰もまだ成し得ていないからだという。


 遥か昔、それこそ数千年前に、『竜撃りゅうげき』と呼ばれた勇者がいたといわれている。もうそこまで行くといわゆるおとぎ話の世界だ。いくらこちらの世界の亜人種といえども千年生きるものはいない。なので、実際にその者に会ったものはすでにこの世にはいないのだ。


 しかし、四聖竜の存在は確かな情報だった。東西南北の極地帯にそれは存在している。これについてはしっかりと目撃情報があるから間違いないとのことだ。


 その一つ、北のグランベルク山山頂の祠に青龍クアドラが雌伏しているとのことだった。

 そして今、キョウヤはこの山の目の前にいる。

 目的は言うまでもない。青龍クアドラの討伐だ。


 そのためにキョウヤはずっとソロでやってきたのだ。過酷な状況に身を置くことで、身体的にも精神的にも、そして、戦術知識においても、自分一人の体ならどうとでもできるというところまで鍛え上げた。

 今のキョウヤなら、「一人でいる限り」どのような過酷な状況からでも「帰還できる」だろう。


 そう、「帰還」はできる。

 しかし今回は、それが目的ではない。あくまでも「討伐」が目的だ。


 キョウヤは覚悟を決めて歩み始めた。もう少しで青龍と相見あいまみえられるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る